・本当に大切なことは、見た目だけでは分からないことがある
・急いで決めるより、よく見て考えることが知恵につながる
・正しさとは、目立つ答えではなく、理由のある答えを選ぶこと
むかしむかし、緑の庭が広がる美しい国に、珍しい木や花を集めるのが大好きな王さまがいました。王さまは庭の美しさをとても誇りに思っていましたが、それ以上に自分の考えの鋭さを自慢にしていました。
ある春の日、王さまは城下の人々を広場に集めて言いました。
「この国でいちばん賢い庭師を選ぶ試験をする。合格した者には、王の庭を任せよう」
広場には、立派な道具を持った大人の庭師たちがずらりと並びました。その中に、一人だけ、粗末な服を着た少年がいました。名前はヨナ。花屋で水やりを手伝っている、まだ見習いの子どもでした。
王さまは家来に命じて、長さも太さも似たような木の枝を十本、長い布の上に並べさせました。枝はどれも少しずつ曲がっていて、ぱっと見ただけでは違いがよく分かりません。
「この中に一本だけ、将来、最も丈夫でまっすぐに育つ枝がある。理由といっしょに当ててみよ。ただ当てずっぽうではならぬ」
大人の庭師たちは、すぐに枝を手に取って言いました。
「これです。色つやが一番いい」
「いいえ、こちらです。太い枝ほど強いに決まっています」
「いや、表面がつるつるしたものこそ上等です」
みんな、自信たっぷりに答えました。ところが王さまは、首を横に振るばかりでした。
最後にヨナの番になりました。王さまは少し面白そうに笑いました。
「おや、小さな見習いまで来たのか。さあ、どれを選ぶ?」
けれどもヨナは、すぐには枝を選びませんでした。一本ずつ持ち上げ、そっと目の高さに合わせ、陽の光に透かして見ました。ときどき地面に置いて転がし、また拾い上げては静かに考えます。
見ていた大人たちは、くすくす笑いました。
「そんなに時間をかけたって、枝は枝だよ」
「どうせ王さまのごきげん取りだろう」
でもヨナは気にしませんでした。そして十本のうち、見た目はあまり立派でない一本をそっと指さしました。
「ぼくは、この枝だと思います」
王さまは眉を上げました。
「ほう。いちばん細く、少し曲がって見えるその枝を? 理由を申してみよ」
ヨナは丁寧にお辞儀をして答えました。
「ほかの枝は、今はまっすぐに見えても、片側にだけ重みがかかって育ったあとがあります。だから、そのまま伸びると、また同じ向きに曲がりやすいと思います。でもこの枝は、先が少し曲がって見えるだけで、根元から中ほどまでの力の流れが一番自然です。地面に置いたときも、むりにねじれていませんでした」
広場はしんと静まり返りました。王さまは家来に命じて、その枝を土に挿し、水を与えさせました。そして他の枝もいっしょに育てさせることにしました。
数週間後、枝たちは新しい芽を出し始めました。するとどうでしょう。大人たちが選んだ枝は、伸びてもすぐに片側へ曲がってしまいましたが、ヨナが選んだ枝は、すっと空へ向かって伸びていったのです。
王さまは驚き、そして少し恥ずかしそうに言いました。
「わしは一番立派に見えるものこそ正しいと思っていた。だが、お前は見た目ではなく、枝の中にある『育ち方』を見たのだな」
ヨナは静かにうなずきました。
「まっすぐというのは、今きれいに見えることではなく、この先どう伸びていくかだと思います」
王さまは大きく笑い、ヨナを新しい庭の世話役に選びました。けれどヨナは一人で手柄を取ろうとはせず、大人の庭師たちにも言いました。
「みんなで庭をよく見れば、もっとすてきな場所になります。ぼくも、まだまだ勉強中です」
その日から王の庭では、花の形だけでなく、育ち方や土の様子まで大事に見るようになったそうです。
見た目がりっぱなものは、たしかに目を引きます。でも、本当に大切なのは、そのものがどんな力を持ち、これからどう育っていくのかを見抜くことです。知恵とは、急いで決めず、静かに理由を探す心なのかもしれません。
この物語は、ユダヤの学びの伝統に伝わる話を、子ども向けにやさしい日本語で再話したものです。
もとになった話
タルムードに伝わる知恵の物語より



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