あいての顔を赤くしないで 〜見えない涙に気づく話〜

あいての顔を赤くしないで 〜見えない涙に気づく話〜 学びと対話
あいての顔を赤くしないで 〜見えない涙に気づく話〜
【今日のお話のポイント】
・人をからかったり恥ずかしい思いをさせたりすることは、見えない傷を残す
・やさしさは、大きな親切より先に、相手の気持ちを想像することから始まる
・ことばには、人を元気にする力も、傷つける力もある

むかしむかし、ある学びの家に、元気いっぱいの子どもたちが集まっていました。そこでは毎日、文字の勉強だけでなく、人との接し方についても教えられていました。

その中に、少しおっちょこちょいな男の子がいました。ある日、その子は急いで教室に入ってきたひょうしに、持っていたパンを床に落としてしまいました。さらに上着のひもまでほどけてしまい、教室のあちこちから、くすくす笑い声が聞こえました。

一人の子が、つい大きな声で言いました。

「見てよ! まるで転がるパン袋みたいだ!」

教室のみんなは笑いました。落とした本人も、最初は照れ笑いをしていました。けれどもその顔は、だんだん赤くなり、目は下を向いてしまいました。

笑った子たちの中には、深く考えていない子もいました。ただその場の空気につられて、つい笑ってしまったのです。けれど、だれか一人の心がしゅんと小さくなっていくとき、その笑いはもうただの遊びではありませんでした。

教室のすみにいた女の子は、その様子を見て胸がちくりとしました。自分も前に、読みまちがえてみんなの前で顔が熱くなったことがあったからです。そのとき、家に帰るまで胸の中がずっと重かったのを思い出しました。

そのとき先生が教室へ入ってきました。先生は何が起きたのかすぐに察して、何も言わず、まず落ちたパンを拾い、男の子の上着のひもを結んであげました。そして、みんなを座らせると、小さな炭の火ばちを前に出しました。

「この火ばちに手を近づけたら、どうなる?」

「熱い!」
「やけどする!」

先生はうなずきました。

「では、見えない火はどうでしょう」

子どもたちはきょとんとしました。先生は続けます。

「火ばちの熱さなら、だれでもすぐ分かります。けれど、ことばの熱さは見えないので、つい軽く思ってしまいやすいのです」

「人をみんなの前で笑いものにすることは、見えない火で心をあぶるようなものです。傷は目に見えなくても、痛みは残ります」

さっき大きな声でからかった子は、はっとしました。

「でも先生、ぼくは本気でいじめようと思ったわけじゃ……」

先生はやさしく言いました。

「わざとでなくても、相手が恥ずかしくなるなら、その痛みは本物です。だから私たちは、ことばを出す前に『それを言われたら自分はどう感じるだろう』と考えなければならないのです」

先生は床に落ちたパンを見せながら続けました。

「パンは拾えば元に戻せます。上着のひもも結び直せます。でも、みんなの前で赤くなった心は、すぐには元に戻らないことがあります」

そして先生は、教室のみんなをゆっくり見回しました。

「もし自分がまちがえたとき、周りにしてほしいのは何でしょう。笑うことですか。それとも、そっと助けてくれる手でしょうか」

すると、パンを落とした男の子は小さな声で言いました。

「ぼく、みんなが笑ったとき、こころがきゅっとなった」

教室は静かになりました。さっきまで笑っていた子たちも、急にその場の空気の重さに気づいたのです。

ある子は、自分も前にみんなの前で読みまちがえて笑われたことを思い出しました。そのとき、家に帰るまで胸がずっと苦しかったのです。別の子は、弟をからかって泣かせたことを思い出し、心の中でしゅんとしました。

からかった子は立ち上がって、頭を下げました。

「ごめん。おもしろいと思ったけど、きみを痛くしてたんだね」

するとパンを落とした子も、少しだけ笑って言いました。

「うん。でも、あやまってくれてうれしい」

先生は最後にこう話しました。

「人の顔が赤くなるほど恥ずかしい思いをさせることは、とても重いことです。だからこそ、私たちは人の失敗を見たとき、笑うより先に助けることを選びたいのです」

その日から教室では、だれかが何か失敗すると、前よりも先に手を差しのべる子が増えました。落としたものを拾う。上着を整える。『だいじょうぶ?』と声をかける。小さなことでしたが、教室はずっとあたたかい場所になりました。

笑いそのものが、いつも悪いわけではありません。みんなで楽しく笑う時間は、教室を明るくします。でも、だれか一人だけが苦しくなる笑いは、楽しい笑いとは違うのだと、子どもたちは少しずつ学んでいきました。

それからというもの、だれかがつまずいたときには「見て見て」と言う代わりに、「手伝おうか」と言う子が増えました。その一言で、教室の空気はずいぶん変わったのです。

ときには、また誰かがうっかりからかってしまう日もありました。けれども今度は、別の子が「それを言われたらかなしいかも」と気づけるようになっていました。やさしい教室は、一度でできあがるのではなく、何度も気づいて育っていくのだと、みんなは学んでいったのです。

ことばは、目には見えなくても人の心に届きます。だからこそ、笑いにする前に、相手の気持ちを考えることが大切です。やさしさは、見えない涙に気づこうとするところから始まるのです。

このお話について
この物語は、ユダヤの学びの伝統に伝わる話を、子ども向けにやさしい日本語で再話したものです。

もとになった話
タルムードに伝わる知恵の物語より

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