いちばん短い返事 〜ラビが先に言ったひとこと〜

ライオン王様の「お口」の悩み 〜正直と嘘のあいだにある知恵〜 学びと対話

【今日のお話のポイント】

・知っていることをすぐ話す前に、相手の話を受け止めるひとことが大切なことがある

・よい答えは、正しいだけでなく、相手が聞ける形になっている

・短い言葉でも、人を安心させる力を持てる

むかしむかし、学びの家に、相談ごとを聞くことで知られたラビがいました。町の人たちは困ったことがあると、朝でも夕方でもラビのところへやってきます。ラビは長い話をすることもありましたが、まず最初に言う言葉は、いつもとても短いものでした。

ある日、見習いの子どもたちがラビのそばで学んでいると、一人の男の人が息を切らして入ってきました。

「ラビ、大変なんです。店の帳面が見つからなくて、誰かが持っていったのかもしれません」

見習いたちは、ラビがすぐに「どこを探したのですか」「誰が怪しいのですか」と聞くと思いました。けれどラビは、まずこう言いました。

「それは心配でしたね」

男の人は、そのひとことで少しだけ肩を下ろしました。ラビはそれから、ゆっくり事情を聞き始めます。帳面は最後にいつ見たのか、店には誰がいたのか、風の強い日ではなかったか。話しているうちに、男の人は「そういえば、裏口の棚に別の束を運んだ」と思い出し、帳面は結局そこから見つかりました。

見習いの子の一人が、あとでたずねました。

「どうして最初に、探し方のことを聞かなかったんですか」

ラビは笑って答えました。

「あわてている人は、答えより先に心を整える必要があることがあります。『それは心配でしたね』のひとことで、相手の心は少し席に座れるのです」

数日後、今度は小さな女の子が泣きながらやってきました。

「友だちに、きついことを言われたの」

見習いたちは、ラビが「どんな言葉でしたか」と聞くと思いました。けれどラビは、やはり先に言いました。

「それは、さみしかったですね」

女の子は涙をぬぐいながらうなずきました。それから落ち着いて話し始め、どうしたらいいか一緒に考えることができました。

見習いたちは、少しずつ分かってきました。ラビが最初にしているのは、ただ質問することではなく、相手の気持ちが話せる場所を作ることなのだと。

ある夕方、見習いの一人のヨナも、その知恵を使うことになりました。家へ帰る途中、年下の子が道ばたでしゃがみこんでいました。転んでひざをすりむいたらしく、顔をしかめています。ヨナは最初、「立てる?」とか「どこで転んだの?」と聞きそうになりました。けれど、ラビの短い言葉を思い出しました。

「びっくりしたね」

その子は顔を上げて、こくりとうなずきました。それからようやく、「石につまずいた」と話せるようになったのです。ヨナはハンカチでひざを押さえながら、ラビのひとことがどうしてあんなに短かったのか、少し分かった気がしました。短いからこそ、相手の心にすっと入ることがあるのです。

次の日、ヨナは学びの家でその話をしました。ラビは静かにうなずいて言いました。

「人は、正しい答えだけでは支えられないことがあります。『わかります』『つらかったですね』という短い橋があってはじめて、向こう側の答えまで渡っていけるのです」

それから見習いたちは、人の相談を聞くとき、前より少しだけ急がなくなりました。すぐよい答えを言いたい気持ちはあります。でも、その前に相手の足元へ小さな橋をかけるひとことが必要なこともあると知ったからです。

市場でも、家でも、その変化は見えるようになりました。こわれた皿を持って困っている母さんに「たいへんだったね」と言う子。宿題をなくして青い顔をしている友だちに「それは困ったね」と声をかける子。どれも長い話ではありません。でも、言われた人の顔は少しやわらかくなりました。

ヨナはある日、ラビにたずねました。

「いちばん短い返事って、いちばん簡単なんでしょうか」

ラビは首を振りました。

「いいえ。短い言葉の中に、相手を押しのけない気持ちを入れるのは、案外むずかしいことです。だからこそ価値があるのです」

その言葉を聞いて、ヨナは深くうなずきました。知っていることをたくさん話せる人になる前に、相手が安心して話し始められる一言を持つ人になりたいと思ったのです。

その夕方、ヨナは家で水差しを落としてしまった妹に出会いました。妹は青い顔で立ちすくんでいます。前なら「どうして気をつけないの」と言っていたかもしれません。けれどヨナは、ラビの短い言葉を思い出して、先にこう言いました。

「びっくりしたね」

妹はほっとした顔でうなずき、それから一緒に床を拭くことができました。ヨナは、短い言葉は学びの家の中だけでなく、家の中でも人を助けるのだと知りました。

よい答えを急いで言えることより、相手がその答えまで歩いてこられるようにすること。そのための一言を持てる人は、きっと言葉を大切にする人です。ヨナはそれから、短いけれどあたたかい返事を宝物みたいに練習するようになったそうです。

その後、学びの家では見習いたちのあいだで、短い言葉の練習がひそかな流行になりました。

「それは困ったね」

「こわかったね」

「よく来たね」

長い説明より先に、相手の気持ちが少し座れる言葉を探すのです。やってみると案外むずかしく、でもそのぶん本当に役に立つことが分かってきました。

ラビはその様子を見て言いました。

「短い言葉は、小さな器のようなものです。小さいからこそ、いちばん大事なものだけを入れなければならないのです」

ヨナはそのたとえを聞いて、ますますその一言を大事にしたいと思いました。相手の心へ最初に差し出す器が乱暴なら、そのあとのよい答えまでこぼれてしまうかもしれないからです。

ある朝、相談に来た男の人が帰ったあと、見習いの一人がぽつりと言いました。

「答えは短くなかったけれど、最初のひとことがあったから、あの人は最後までちゃんと聞けたんですね」

ラビはうなずきました。正しい答えが届く前には、相手の心が座る椅子みたいな言葉が必要なことがあるのです。

ヨナもその日から、人の話を聞くときは答えを急ぐ前に「この人はいま、何を受け取りやすいだろう」と考えるようになりました。短い返事は、ただ短ければよいのではなく、相手の心に合わせて差し出されるからこそ力を持つのだと分かってきたからです。

子どもへの問いかけ(いっしょに考えてみよう)

1) ラビは、どうしてすぐに答えや質問を言わなかったのかな?

2) 「それは心配だったね」のような短い言葉には、どんな力があると思う?

3) だれかが困っているとき、あなたなら最初にどんなひとことをかけてみたい?

このお話について

この物語は、正しい答えの前に相手の心を受け止めることの大切さを伝えるユダヤの教えをもとに、子ども向けに再話したものです。

もとになった話

聞き方と思いやりの言葉を教える、ユダヤの知恵の教えより

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