・けんかを長引かせない知恵は、とても大切な力になる
・自分の正しさより、関係を直すことを選ぶ勇気がある
・「ごめんなさい」は負けではなく、新しい始まりになる
むかしむかし、木工職人が多く住む町に、シモンとエズラという二人の若い職人がいました。二人は同じ工房で働き、ともに腕がよく、町の人たちから期待されていました。けれども、どちらも少し気が強く、自分のやり方に自信を持っていました。
ある日、二人は大きな本棚を作る仕事を任されました。シモンは「棚板は厚く頑丈にすべきだ」と言い、エズラは「重すぎると運ぶ人が困る」と言いました。
最初は相談だったのに、だんだん声が大きくなっていきます。
「君は慎重すぎる!」
「そっちこそ考えが古い!」
ついには、作りかけの棚を運ぶときに息が合わず、棚は床に落ちて角が欠けてしまいました。
工房の中はしんと静まりました。親方は深いため息をついて言いました。
「棚がこわれたことより、心がこわれたことのほうが心配だ」
その日から、二人はほとんど口をきかなくなりました。道具を渡すときも無言、昼休みも離れて座ります。ほかの職人たちは、とても仕事がしづらくなりました。
数日後、町の年長の先生が工房を訪ねてきました。事情を聞いた先生は、こわれた棚の前に立ち、二人にたずねました。
「これは、だれがこわしたのですか」
二人はすぐに答えました。
「相手のせいです」
先生はうなずきました。
「では、直せるのはだれですか」
二人は黙ってしまいました。
先生は欠けた角をそっとなでながら言いました。
「木は、正しい人の手だけで直るわけではありません。直そうとする人の手で直るのです」
けれどもシモンもエズラも、なかなか口を開けません。自分から折れるのは負けるように感じたからです。
そこで先生は、小さな木片を二つ取り出し、それぞれに渡しました。
「この木片を、相手の欠点だと思って持ってみなさい」
二人は言われた通りにしました。
「重いでしょう」
先生がたずねると、二人は「小さいけれど、なんだか持ちにくい」と答えました。
先生は今度は言いました。
「では、その木片を机に置いて、『自分にも悪いところがあったかもしれない』と声に出してごらんなさい」
シモンは渋い顔をしながら言いました。
「ぼくも、言い方がきつかったかもしれません」
エズラも小さな声で言いました。
「ぼくも、相手の話を途中でさえぎりました」
すると、不思議なことに、さっきまで持ちにくかった木片が、ただの軽い木切れに見えてきました。
先生は微笑みました。
「自分の正しさだけを握りしめていると、心は重くなります。けれど、自分のほうにも直すところがあると認めると、手があいて、もう一度一緒に直すことができるのです」
その夜、工房に残ったシモンは、欠けた棚の角を削って整え始めました。しばらくしてエズラも戻ってきて、何も言わずに接ぎ木用の板を持ってきました。
先に口を開いたのはエズラでした。
「あのとき、ごめん。勝ちたい気持ちが先に立ってた」
シモンもすぐに言いました。
「ぼくもごめん。聞くより先に決めつけてた」
二人は顔を見合わせ、やっと笑いました。そして棚を直しながら、今度は互いのやり方のよいところを少しずつ取り入れていきました。棚は前よりも丈夫で、しかも運びやすいものになりました。
翌朝、親方は完成した棚を見て言いました。
「こわれた棚より、こわれたあとに何をしたかのほうが大事だな」
けんかをしない人になるのは、むずかしいかもしれません。でも、けんかのあとに先にあやまれる人には、大きな知恵があります。関係を直す人は、棚だけでなく、まわりの空気まで明るく直していけるのです。
その言葉を聞いた工房の職人たちは、静かにうなずきました。数日前まで、二人のけんかのせいで空気はぴりぴりしていました。道具を借りるのも気を使い、冗談を言う人もいませんでした。けれど、二人が自分のほうから言葉を直したことで、工房全体の空気までやわらかくなったのです。
昼休みに、年下の見習いの子がシモンにたずねました。
「どうして先に『ごめん』って言えたの?」
シモンは少し考えてから答えました。
「言いにくかったよ。でも、このままずっと同じ空気の中で仕事をするほうが、もっと苦しかったんだ」
エズラも横で笑いました。
「最初は、自分から謝ったら損した気分になると思ってた。でも実際はその逆だったよ。謝ったら、やっと仕事も心も動き出した」
その日の夕方、先生は工房の外に落ちていた小枝を一本拾って見せました。
「これは簡単に折れます。でも束ねると、そうそう折れません。人の集まりも同じです。一本ずつ自分のかたさばかり守っていると、折れやすい。少しやわらかくなって結び直せると、ずっと強くなるのです」
二人はそれからも、意見が食いちがうことはありました。けれど前のように、すぐ相手を言い負かそうとはしなくなりました。まず「君はどう考えているの」と聞き、それから「ここはこうしたらどうだろう」と話すようになったのです。すると不思議なことに、前より良い仕事が増えていきました。
その後、工房では小さな決まりが一つ増えました。意見がぶつかったら、すぐに結論を押しつけるのではなく、先に相手の考えを自分の言葉で言いなおしてみるのです。
「君はこう考えているんだね」
そうしてから話すと、不思議と前よりけんかになりにくくなりました。
ある日、新しい戸棚を作る仕事が入りました。シモンが「棚板を厚くしたほうが丈夫だ」と言うと、エズラはすぐ反対せず、先に言いました。
「君は、長く使う人のことを考えてるんだね」
シモンも答えました。
「そう。でも君は、運ぶ人の重さを心配してるんだろ」
二人はそのあと、厚すぎず薄すぎない板を選びました。前ならけんかになっていた話し合いが、今では前へ進む相談になっていたのです。
見習いの子たちは、そのやり取りを目を丸くして見ていました。前は大きな声でぶつかっていた二人が、今は相手の言い分を先に受け取っていたからです。親方は黙ってうなずき、完成した戸棚を軽くたたいて言いました。
「丈夫だし、運びやすい。口の直し方を覚えると、手の仕事までよくなるものだな」
けんかのあとに先にあやまれる人は、負ける人ではありません。止まっていた仕事も、気まずくなった空気も、もう一度動かせる人なのです。
1) 二人は、どちらが正しいかより、何を大事にしたらよかったのかな?
2) 「ごめんなさい」が言いにくいのは、どんな気持ちがあるからだと思う?
3) もし友だちと気まずくなったら、最初の一言をどう言ってみる?
この物語は、人との関係を立て直す知恵を伝えるユダヤの教えをもとに、子ども向けにやさしく再話したものです。
もとになった話
和解と謙虚さの大切さを語る、ユダヤの学びの伝統より



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