・ことばだけでなく、その奥の気持ちを聞こうとすることが大切
・本当にやさしい人は、聞かれたこと以上に必要なことを考える
・相手の困りごとに気づく目は、大きな親切につながる
むかしむかし、町の学びの家には、相談上手な先生がいました。だれかが何かをたずねると、先生は質問のことばだけでなく、その人の顔や声もよく見ていました。
ある日、一人の男の人がやってきて言いました。
「先生、わたしの家から市場まで、一番近い道はどれですか」
先生は男の人の靴を見ました。片方のひもが切れかけていて、服にはうっすら粉がついています。顔は疲れていて、少しあわてているようでした。
先生はすぐに道を教えず、こうたずねました。
「市場へ行く前に、何か食べましたか」
男の人は驚きました。
「いえ。でも、聞きたいのは道です」
先生はうなずき、パンを半分差し出しました。
「これを食べてから行きなさい。近道を急いでも、ふらついて転んだら、もっと遅くなります」
男の人は少し戸惑いましたが、お腹がすいていたのでありがたく受け取りました。食べ終わると、ようやく先生は言いました。
「市場へは二本の道があります。片方は近いけれど坂が急で、今日のあなたには危ない。もう片方は少し遠いけれど、歩きやすく安全です」
その場にいた弟子たちは不思議に思いました。男の人は「近い道」を聞いたのに、先生は「安全な道」を答えたからです。
男の人が帰ったあと、弟子の一人が聞きました。
「先生、どうして質問どおりに答えなかったのですか」
先生は笑って言いました。
「あの人がほんとうに必要だったのは、近い道ではなく、無事に着くことだったからです」
数日後、今度は女の人がやってきました。
「先生、息子に何と言えば勉強しますか」
先生は女の人の手を見ました。指先は荒れていて、夜遅くまで働いている人の手です。声も少しかすれていました。
先生は言いました。
「まず、今日は息子さんに何か言う前に、あなたが休みなさい」
女の人は目を丸くしました。
「でも、聞きたいのは息子へのことばです」
先生はやさしく答えました。
「疲れきった声でどんな正しいことを言っても、子どもには怒りとして届くことがあります。まず休んで、あたたかい声を取り戻しなさい。そのあとで、『いっしょに始めようか』と言うとよいでしょう」
弟子たちはまた驚きました。先生は、聞こえた質問の奥にある、まだ言葉になっていない困りごとに答えていたのです。
その夜、先生は子どもたちに水差しを見せました。外側には「水」と書いてあります。けれど中をのぞくと、半分しか入っていません。
「外に書いてあることだけ見て、『たっぷり入っている』と思ったら、どうなるでしょう」
「足りなくて困る」
子どもたちは答えました。
「そうです。人の言葉も同じことがあります。外に見えている質問だけでは、ほんとうに足りないものが分からないことがあるのです」
それから子どもたちは、友だちが「宿題がやだ」と言ったとき、「やりたくないんだな」だけで終わらず、「わからなくて困ってるのかな」「疲れてるのかな」と考えるようになったそうです。
聞かれたことにそのまま答えるのは、もちろん大事です。でも、ときにはその奥にある本当の困りごとに気づくほうが、もっと大きな助けになります。聞こえない質問を聞こうとする耳は、やさしさと知恵の耳なのです。
そのあと弟子たちは、町の中でも少しずつ人の話を聞きなおすようになりました。「お腹すいた」と言う子がいたら、食べ物だけでなく、疲れていないかを見る。「行きたくない」と言う子がいたら、わがままかどうか決める前に、何が不安なのかをたずねる。すると、前より人の気持ちがよく見えるようになったのです。
ある弟子は、家に帰ってから母親のため息に気づきました。前なら聞き流していたでしょう。でもその日は、「何か手伝えることある?」と声をかけました。母親は少し驚いてから笑い、「水差しを運んでくれる?」と言いました。弟子はそのとき、聞こえない質問は大人の中にもあるのだと知りました。
先生は後日、こう話しました。
「よい耳を持つ人は、音をよく拾う人ではありません。相手の言葉と、相手の困りごとを一緒に受け止められる人です」
子どもたちは、その言葉を大事に覚えました。
別の日、学びの家で小さな子が「お腹すいた」とつぶやきました。弟子の一人は最初、台所からパンを持ってこようとしました。けれど、その子の顔をよく見ると、まぶたが重く、机にひじをついたままです。そこで先生は、パンより先に座布団を持ってきて、少し休ませました。しばらくしてその子は目を覚まし、あたたかいスープを飲みながら、やっと安心したように笑いました。
弟子たちは、その様子を見てまた一つ学びました。同じ言葉でも、そのときの相手が何にいちばん困っているかは、よく見なければ分からないのです。だれかの口から出た言葉をそのまま受け取るだけではなく、その人の顔や声や立ち方まで見てはじめて、本当の助けに近づけるのでした。
人の言葉をそのまま返すのは簡単です。でも、本当に必要な助けを考えるには、少し立ち止まって、相手の顔や様子も見なければなりません。思いやりのある耳は、聞く力と考える力の両方でできているのです。
そのあと町では、弟子たちが前より静かに人の話を聞くようになったと評判になりました。急いで答えるかわりに、ひと呼吸おいてたずね返すからです。すると、話しかけるほうも少し安心して、本当の困りごとを話せるようになっていきました。
ある老人は、「このごろ、あの学びの家の子たちは、耳だけじゃなく心でも聞いてくれる」とうれしそうに言ったそうです。その言葉を聞いた弟子たちは、聞こえない質問に気づく耳を、これからも大事に育てていこうと思いました。
先生はその晩、弟子たちに静かに言い添えました。
「人を助けるのは、早い答えより、合った答えです」
弟子たちはその言葉を胸にしまいました。聞こえない質問を聞こうとする耳は、急がない心の中で育つのだと分かったからです。
その日から弟子たちは、相手のことばを聞いたあと、少しだけ相手の目を見るようにもなりました。言葉だけでは足りないものが、そこに見えることがあると知ったからです。
1) 先生は、どうして男の人にまずパンを渡したのかな?
2) 「聞こえない質問」って、どんなものだと思う?
3) 友だちや家族の困りごとに、どうしたら気づけそう?
この物語は、相手の本当の必要に気づく知恵を伝えるユダヤの教えをもとに、子ども向けに再話したものです。
もとになった話
ことばの奥を読む思いやりを教える、ユダヤの知恵の教えより



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