あしたのパンのために 〜少しだけ残した粉の話〜

あしたのパンのために 〜少しだけ残した粉の話〜 家族と人間関係
あしたのパンのために 〜少しだけ残した粉の話〜
【今日のお話のポイント】
・全部を今使い切らない知恵が、明日を助けることがある
・先のことを考えるのは、心配しすぎではなく準備の力
・小さく残す習慣が、大きな安心につながる

むかしむかし、小麦をひいて粉にする風車小屋の近くに、ハナという女の子が住んでいました。ハナのお母さんは毎朝パンを焼き、父さんは畑で働いていました。家は裕福ではありませんでしたが、家族は工夫して穏やかに暮らしていました。

ある年、春先の雨が長く続き、小麦の育ちが少し悪くなりました。町では「今年は粉が高くなるかもしれない」とうわさが広がりました。

すると近所の人たちは、手に入るうちにと、粉をたくさん使うようになりました。ふだんより大きなパンを焼いたり、お菓子を増やしたり、「今あるうちに楽しんでおこう」と考えたのです。

けれどハナのお母さんは、いつも通りの大きさのパンを焼き、そのたびに粉をほんの少しだけ別の袋へ移していました。

ハナは不思議になってたずねました。

「どうして全部使わないの? たくさん食べられるのに」

お母さんは粉の入った小さな袋を見せて言いました。

「これは、明日のための安心よ。今日の喜びを少しだけ小さくしても、明日の困りごとを大きくしないようにしているの」

ハナには、最初その意味がよく分かりませんでした。今ある粉を今使うほうが、当たり前に思えたからです。

数日後、町の粉屋が「次の荷は遅れそうだ」と知らせに来ました。急にみんなが困り始めました。前の日までたくさん焼いていた家では、もう袋の底が見えていたのです。

近所の男の人は言いました。

「昨日あんなに使うんじゃなかった」

別の人は言いました。

「まさか本当に足りなくなるとは思わなかった」

その夜、ハナの家では、いつもより少し薄めのパンを焼きました。そしてお母さんは小さな袋から粉を足して、次の日のぶんもきちんと残しました。

さらに翌日、となりに住むおばあさんが困った顔でやってきました。

「孫が来るのに、もうパンを焼く粉がないんだよ」

お母さんは、残しておいた袋から少し分けてあげました。おばあさんは何度もお礼を言いました。

ハナはそのとき、やっと分かりました。お母さんが残していたのは、ただの粉ではなく、明日と、そしてだれかを助ける余裕だったのです。

翌朝、風車小屋の前では、粉をめぐって不満を言う人たちもいました。でもハナの家は、少なくても落ち着いていました。全部を使い切らなかったからです。

ハナはお母さんに言いました。

「残すって、けちとは違うんだね」

お母さんは笑いました。

「そうよ。自分のためだけに抱えこむのはちがう。でも、先のことを考えて少し残しておくのは、家族やまわりを守る知恵なの」

その日からハナは、水をくむときも、薪を使うときも、「今だけ」で考えないようになりました。少し残しておくと、次に困る人が減ることを知ったからです。

やがて新しい粉が町に届いたとき、人々はほっとしました。そして何人かは言いました。

「これからは、全部を一度に使い切らないようにしよう」

明日のことを考えるのは、楽しくないことのように見えるかもしれません。でも、少し残しておく知恵は、明日の自分を助け、だれかに分けてあげる力にもなります。あしたのパンのための小さな袋は、大きな安心の袋でもあったのです。

ある夕方、ハナは井戸で水をくみすぎて、桶をいっぱいにしたくなりました。けれどそのとき、お母さんの言葉を思い出しました。そこで、飲み水に足りる分を残して、あとは次の人がくみやすいように桶を少し軽くしておいたのです。すると、そのあとに来た小さな子が、重すぎずに無事水を運ぶことができました。

薪についても同じでした。寒い夜にはたくさん燃やして部屋をすぐ暖かくしたくなります。でも父さんは、火を大きくしすぎず、長くもつように組み方を工夫していました。ハナはその様子を見て、「残す」というのは、何もしないことではなく、続くように使うことなのだと分かってきました。

しばらくして、町に新しい粉が届いた日、おばあさんが笑って言いました。
「あの日、少し分けてもらったおかげで、孫にあたたかいパンを食べさせられたよ」
ハナはうれしくなりました。家の小さな袋が、こんなふうに誰かの食卓までつながっていたからです。

お母さんはその夜、ハナに小さな袋をもう一つ持たせました。
「これは、ものの袋じゃなくて、心の袋だと思ってごらん。今日の元気も、今日のやさしさも、全部使い切らずに少し残しておくと、明日の自分やだれかのために役立つことがあるのよ」
ハナはその言葉を聞いて、準備する知恵は食べ物や薪だけの話ではないのだと知りました。

次の日、ハナは焼きあがった小さなパンを見ながら、自分の分をすぐに全部食べそうになりました。けれど一つだけ包んで棚に置きました。すると夕方、畑仕事が長引いた父さんが遅く帰ってきたのです。父さんはそのパンを受け取って、ほっとしたように笑いました。ハナは、朝の小さな「残しておく」が、夜のだれかを助けることを初めて実感しました。

それからハナは、家の中のいろいろなところで「少し残す」工夫を見つけるようになりました。お母さんは、明日のために布の切れはしをしまい、父さんは、急な雨のために乾いた薪を奥に残しておきます。おばあさんは、足の痛い日に備えて、元気なうちに豆をゆでておくのだと言いました。家の安心は、大きな宝箱ではなく、小さな用意の積み重ねでできているようでした。

ある晩、ハナは空になりかけた水差しを見て、自分から井戸へ行きました。まだ少し残っているから明日でもいい、と前なら思ったでしょう。でもその日は、朝の忙しい時間にだれかが困らないように、今のうちに満たしておきたかったのです。帰ってきたお母さんは水差しを見て、何も言わずにほほえみました。ハナの中に、明日のために動く知恵が育っているのが分かったからでした。

そのころにはハナも、「少し残す」は、こわがって抱えこむことではなく、だれかと一緒に明日を迎えるための用意なのだと、すっかり分かっていました。

新しい粉が届いた日も、ハナは前のように安心して全部を使おうとはしませんでした。小さな袋にひとにぎりだけ残して棚へしまいながら、「明日にも、またその次にも、ちゃんとパンのにおいが続くように」と心の中でつぶやいたそうです。

子どもへの問いかけ(いっしょに考えてみよう)
1) お母さんが粉を少しずつ残していたのは、どうしてだったかな?
2) 「全部使わない」ことは、けちとはどう違うと思う?
3) 食べ物以外でも、明日のために少し残しておけるものはあるかな?
このお話について
この物語は、備えと節度の大切さを伝えるユダヤの教えをもとに、子ども向けに再話したものです。

もとになった話
先を見通す知恵と暮らしの節度を教える、ユダヤの学びの伝統より

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