・上手にできないときは、ごまかすより印をつけて学ぶほうが先へ進める
・失敗を隠さない人は、成長の入口をちゃんと持てる
・恥ずかしさのあとに誠実さを選ぶと、信頼が生まれる
むかしむかし、城壁の修理をする石工たちが集まる工房がありました。大きな石を切りそろえ、角を削り、まっすぐ積み上げる仕事です。そこでは、見習いの子どもたちも、小さな石で線を引く練習をしていました。
見習いの中に、タマルという女の子がいました。タマルは力は強くありませんが、手元をよく見て作業する子でした。けれど、石にまっすぐな線を引くのが苦手で、何度やっても少し曲がってしまいます。
ある朝、親方は見習いたちに言いました。
「今日はそれぞれ、小さな石を一つ仕上げてみなさい。まっすぐな線にそって切れたら、壁の裏側に使える」
みんなは張り切って石に線を引きました。タマルも息を止めるようにして印をつけましたが、やはり少しだけ斜めになってしまいます。
「まただ……」
となりの子は言いました。
「そのくらい、向きを変えれば分からないよ」
タマルは石をひっくり返しました。たしかに、見えにくい面を上にすれば、すぐには気づかれないかもしれません。しかも壁の裏側に使うなら、だれもじっくり見ないでしょう。
でもそのとき、親方が前に言っていた言葉を思い出しました。
「石の仕事は、見えないところほど正直でなくてはならない」
タマルは迷ったあと、石の端に小さな印をつけました。見習いのしるしです。そして親方のところへ持っていきました。
「線が少し曲がりました。まだうまくできませんでした」
親方は石を受け取って、しばらく見てから言いました。
「そうか。では、この石は練習用に取っておこう」
タマルは少ししょんぼりしました。壁に使える石になれなかったからです。けれど親方は、その石を脇へ置きながら続けました。
「ただし、お前は一つよい仕事をした」
タマルは顔を上げました。
「どこがですか」
親方は答えました。
「ごまかさなかったところだ。線が曲がった石は削り直せる。だが、ごまかして積まれた石は、あとで壁ごと困らせる」
そのあと親方は、曲がった線の石を使ってみんなに教えました。
「ここを見なさい。どこで手元がずれたのかが、よく分かる。失敗を隠さず残したものは、次の上手の入口になる」
タマルはその言葉を聞いて、胸の中の重さが少し軽くなりました。まっすぐにできなかったことは恥ずかしかったけれど、正直に出したからこそ、次の学びに変わったのです。
翌日からタマルは、失敗した石の箱を前より大切に見るようになりました。そこには、欠けた角、浅すぎた溝、曲がった線の石が並んでいます。前は見たくない箱でした。でも今は、「ここに昨日の自分が残っている」と思えるようになりました。
あるとき、年下の見習いの子が、欠けた石をこっそり壁の陰へ隠そうとしていました。タマルはそれを見て、そっと声をかけました。
「もしよかったら、それ、失敗の箱へ入れよう」
年下の子は泣きそうな顔で言いました。
「怒られると思った」
タマルは笑って、自分の曲がった線の石を見せました。
「私も入れたよ。でも、あの箱は恥ずかしい箱だけじゃなかった」
その子も、しばらくして石を箱へ入れました。親方は見ていましたが、怒鳴りませんでした。ただうなずいて、「次はどこを気をつける?」と聞きました。見習いの子は少し安心して、自分の手元を見直し始めました。
季節がひとつ過ぎるころ、タマルの引く線は前よりずっとまっすぐになっていました。それでも、ときどき少し曲がる日はあります。けれどもう、石をひっくり返して隠そうとはしませんでした。うまくいかなかった朝にも、ちゃんと学べる場所があると知ったからです。
親方は新しい見習いたちに、今でもあの曲がった線の石を見せるそうです。
「これは、上手な石ではない。だが、正直な石だ。正直な石は、次のまっすぐを教えてくれる」
その石の端には、いまもタマルの小さなしるしが残っています。
家へ帰ったタマルは、母さんにその話をしました。母さんは縫い物の針を止めて、こう言いました。
「上手な人になる前に、誠実な人になれるといいね。誠実さがある人は、失敗を学びへ変えていけるから」
タマルは深くうなずきました。まっすぐな線を引く練習は、手だけではなく心も整える練習だったのかもしれないと思ったからです。
それから工房では、失敗の箱のふたに小さな文字が書かれるようになりました。
「ごまかさなかった石は、明日の先生」
見習いたちはその字を見るたび、箱を恥ずかしい場所としてだけでなく、学びの残る場所として見るようになりました。
タマルも、まっすぐ引けた線を見るたびに、昨日までの曲がった石を思い出しました。失敗を正直に出したからこそ、今日のまっすぐへつながっていると知っていたからです。誠実さは、うまさの前にある土台なのかもしれません。
ある秋の日、親方は新しい壁の裏側へ使う石を選ぶ役を、タマルに任せました。以前なら、そんな大事な役はもっと上手な子に回っていたでしょう。けれど親方は言いました。
「お前は、石の上手下手だけでなく、石の正直さも見られるようになったからな」
タマルはその言葉に胸が熱くなりました。まっすぐな線を引けるようになったことより、誠実に出した失敗を見てもらえていたことが、何よりうれしかったのです。
年下の見習いたちも、前より失敗を隠さなくなりました。欠けた石があれば箱へ入れ、うまくいかなかったところを指でなぞって、「ここでずれた」と話せるようになったのです。工房の空気は、前より少し静かで、でも前よりずっと学びやすくなりました。ごまかさない石が増えるほど、まっすぐな壁へ近づいていくのでした。
やがて工房では、「失敗の箱」を開く時間が、見習いたちの大事な学びの時間になりました。だれかの欠けた石を見て笑うのではなく、「ここで手首がずれたんだね」「この角は急ぎすぎたのかも」と一緒に考えるのです。正直に出された失敗は、ひとり分の恥ではなく、みんな分の学びへ変わっていきました。
タマルは、その箱の前に立つたび、自分が上手になるより先に、工房が正直な場所になっていくのを感じていました。ごまかさない人が増えると、安心して学べる場所も増えるのです。だから親方は、曲がった線の石を今も捨てずに残しているのでした。
1) タマルは、どうして曲がった線の石をごまかさなかったのかな?
2) 失敗を隠さずに見せることは、どうして次の学びにつながるんだろう?
3) あなたにも「恥ずかしいけれど正直にしたい」と思う場面はあるかな?
この物語は、失敗をごまかさず誠実に扱うことの価値を伝えるユダヤの教えをもとに、子ども向けに再話したものです。
もとになった話
正直さと学びの姿勢を教える、ユダヤの知恵の教えより



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