いちばんよい席じゃなくても 〜門のそばに座った旅人〜

いちばんよい席じゃなくても 〜門のそばに座った旅人〜 学びと対話
いちばんよい席じゃなくても 〜門のそばに座った旅人〜
【今日のお話のポイント】
・立派に見える場所より、だれかの役に立つ場所を選ぶ知恵がある
・へりくだる人は、自分を小さくするのではなく、心を広くしている
・本当の立派さは、見られることより、ふるまいにあらわれる

むかしむかし、旅人たちが行き交う大きな町で、春のお祝いの食事会が開かれました。町のえらい人も、店の主人も、学びの家の先生も集まるにぎやかな会です。

会場には、前の方に立派な席がいくつも並べられ、うしろや入口の近くには質素な腰かけが置かれていました。みんなは少しでも前の席に座ろうと、そわそわしていました。

その中に、一人の旅人がいました。旅人は古びた外套を着ていましたが、顔はやわらかく、目はよく笑う人でした。だれもその人の名を知りませんでした。

会場係が「どうぞどうぞ」と人を案内する中、旅人は前へ行かず、入口の門のそばにある低い腰かけへ静かに座りました。

それを見た若者たちは、ひそひそ話しました。

「遠慮しすぎじゃないか」
「前が空いてるのに」
「あんな席じゃ、料理も遅れて届くだろうに」

でも旅人は気にした様子もなく、会場に入ってくるお年寄りに席を譲ったり、重そうな皿を持つ給仕の子に道をあけたりしていました。

しばらくすると、足の悪い老人がやってきました。前の立派な席へ行くには、人の間をぬって進まなければなりません。みんなが少しずつ席を詰めれば通れそうでしたが、だれも自分の場所を手放したくありません。

そのとき、門のそばの旅人がさっと立ち上がりました。

「こちらへどうぞ。入口の近くなら、出入りもしやすいですよ」

老人はほっとした顔で、その席に座りました。

さらに、料理が運ばれ始めると、門のそばの席は思いがけず役に立ちました。給仕の子がつまずきそうになったとき、旅人がすぐ皿を受け取って支えたのです。もし前の混んだ席だったら、きっと間に合わなかったでしょう。

会を開いた主人は、その様子をずっと見ていました。やがて主人は、みんなの前で言いました。

「今日、いちばんよい席に座っていたのは、前の立派な椅子にいた人たちではないのかもしれません」

人々は不思議そうに主人を見ました。

主人は旅人のほうへ向き直りました。

「あなたは自分を下に置きました。でも、その場所から一番多くの人を助けました。入口の近くのその席は、だれかの役に立つ一番よい席だったのです」

旅人は少し驚いた顔をしましたが、すぐに笑って答えました。

「前か後ろかより、その場所で何ができるかを考えただけです」

その言葉に、前の席に座っていた人たちは少し恥ずかしくなりました。自分はどこに見えるかばかり考えていたのに、この旅人はどこで役に立てるかを考えていたからです。

会の終わりごろ、最初に旅人を笑っていた若者が近づいてきて言いました。

「ぼくは、前の席のほうがえらいと思っていました。でも、今日見ていたら、立派なのは場所じゃなくて、人のふるまいなんですね」

旅人はうなずきました。

「高い席に座ることが悪いわけではありません。ただ、その席が自分を大きく見せるためだけの席になると、心までせまくなってしまうことがあります」

人はつい、目立つ場所、ほめられそうな場所を選びたくなるものです。でも本当にすてきなのは、だれかの役に立てる場所を見つけられる人です。見え方を気にするより、ふるまいを整える人こそ、あとでみんなから自然と大切にされるのかもしれません。

その話を聞いた別の客も、小さな声で言いました。
「前の席に座った私は、ずっと料理が先に来ることばかり気にしていたわ」
隣にいた人も苦笑いしました。
「私は、だれに見られているかばかり考えていたかもしれない」

主人は、空いた皿を片づけながら言いました。
「人は、よい席に座ると自分がえらくなった気がすることがあります。でも実際には、その席にふさわしいふるまいができるかどうかが大事なのです」

その夜の帰り道、若者は家で父にその出来事を話しました。父はしばらく聞いてから、こう言いました。
「覚えておくといい。人より高い場所に立つことがあっても、心まで高くしてはいけない。反対に、低い場所にいても、心まで低くなる必要はない」
若者は、その言葉を何度も思い返しました。

数週間後、別のお祝いの席で、その若者は入口近くに座っていた旅人に似た人へ、自分から水差しを運びました。前なら気づきもしなかった小さなことです。でも本人には、それが前より少し大人になれたしるしのように感じられました。

その席では、小さな子が料理をこぼして泣きそうになっていました。前なら若者は、そんなことに気づいても給仕を呼ぶだけだったでしょう。けれどその日は自分から布を持ってきて床を拭き、子どもに「だいじょうぶだよ」と声をかけました。すると、となりにいた大人たちもすぐ皿を持ち上げ、道をあけてくれました。

会が終わるころ、家の主人が若者に言いました。
「入口の近くの席は、思ったより忙しかっただろう」
若者は笑って答えました。
「でも、そこにいたから見えたことがたくさんありました。前の席より、ずっとよい席でした」

その言葉を聞いて、父は静かにうなずきました。立派に見える席を選ぶより、その場を少しよくするふるまいを選べたからです。若者もまた、その晩は自分の座った場所より、そこでできた小さな親切のほうを長く覚えていました。

さらに帰りぎわ、門のところでつえを探しているおじいさんがいました。人が多くて足元が見えにくかったのです。若者は自分の座っていた入口近くの席からすぐ立ち、つえを拾って手渡しました。おじいさんは何度も礼を言いながら、「よい席にいた人だね」と笑いました。若者はその言葉に、思わず顔を赤くしました。前に座っていたからではなく、役に立てる場所にいたからそう言ってもらえたのだと分かったからです。

家へ向かう道で、若者は会の様子を何度も思い出しました。みんなの目が集まる場所より、だれかにすぐ手をのばせる場所のほうが、ずっと広く見える気がしたのです。高く見える場所を探すより、役に立てる場所を見つける人になりたいと、その夜はじめてはっきり思いました。

子どもへの問いかけ(いっしょに考えてみよう)
1) 旅人が門のそばの席を選んだのは、どんな気持ちからだったと思う?
2) 「えらそうに見えること」と「ほんとうに立派であること」は、どうちがうかな?
3) あなたなら、学校や家でどんな場所で役に立てそう?
このお話について
この物語は、へりくだる心と本当の立派さについてのユダヤの教えをもとに、子ども向けに再話したものです。

もとになった話
謙虚さと席次のたとえを伝える、ユダヤの知恵の教えより

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