・小さな合図やしらせに気づくことが、大きな困りごとを防ぐことがある
・「どうせたいしたことない」と決めつけずに確かめる姿勢は大切
・注意深さは、こわがりではなく、みんなを守る知恵になる
むかしむかし、城壁のそばに大きな掲示板がある町がありました。町のしらせはそこへ貼られ、市場の日程や門の開く時間、井戸の修理のお知らせなどが書かれていました。
けれど、子どもたちはあまりその掲示板を気にしていませんでした。大人向けのむずかしい紙が貼ってあるだけだと思っていたからです。その中に、ヤエルという女の子がいました。ヤエルもまた、いつもは掲示板の前を走って通りすぎるだけでした。
ある春の朝、ヤエルは母さんに頼まれて市場へ糸を買いに行きました。帰り道、いつものように掲示板の前を通ると、一枚だけ新しい紙が風で少しめくれているのが見えました。紙には赤い印がついています。
ヤエルは一度は通りすぎかけました。
「どうせ大人のしらせだもの」
けれど、その赤い印がなんだか気になって、足を止めました。
近づいて読むと、こう書いてありました。
「西の門の近くの石段、二段目がゆるんでいます。修理が終わるまで気をつけて通ってください」
ヤエルは目を丸くしました。西の門の石段は、子どもたちがよく走り降りる近道だったからです。しかも、学びの家から帰る小さな子たちも毎日そこを通っています。
市場からの帰り道、ちょうど年下の子どもたちが何人か石段のほうへ向かっていました。ヤエルは走って追いかけます。
「待って! 二段目がぐらぐらしてるんだって!」
子どもたちは立ち止まりました。一人が試しに足で石を押すと、本当に少し動きます。
「あぶなかった……」
その日のうちにヤエルは、門番のおじさんにも知らせました。門番はうなずいて、石段の前に木箱を置き、通る人へ声をかけ始めました。
「西の門を通る人は足元に気をつけて。石がゆるんでいるよ」
夕方、修理に来た石工のおじさんは言いました。
「今日のうちに知らせが伝わってよかった。気づかず走っていたら、だれかが転んでいたかもしれない」
ヤエルは、その言葉を聞いて胸がどきどきしました。あの紙を「どうせ関係ない」と思って通りすぎていたらと思うと、急に掲示板がただの板ではなく、町の声みたいに思えたのです。
次の日、先生は学びの家でこの話を聞き、子どもたちへたずねました。
「注意深い人とは、どんな人でしょう」
みんなは「よく見る人」「急がない人」と答えました。先生はうなずいて言いました。
「その通りです。そしてもう一つ、たいしたことないと決めつけない人です。小さな紙一枚でも、そこにだれかを守る言葉が入っていることがあります」
それから子どもたちは、掲示板の前を前より少しゆっくり通るようになりました。市場の休み、門の工事、井戸の水の濁り。そうした小さなしらせは、どれもだれかが困らないように出されていると分かったからです。
ある日には、掲示板の下に落ちていた紙を見つけた男の子がいました。前なら丸めて捨てたでしょう。でもその子は拾って貼りなおし、門番に「これ、大事なやつかもしれない」と渡しました。注意深さが、少しずつ子どもたちの習慣になっていったのです。
ヤエルも変わりました。町の中で「ぬれてすべる」「犬がこわがっているから近づかないで」「今日は井戸が混む」など、小さな合図に前よりよく気づくようになりました。そして気づいたことを、自分だけで終わらせず、必要な人へちゃんと伝えるようになったのです。
ある夕方、となりの家のおばさんが重い荷物を持って西の門へ向かっていました。石段はもう直っていましたが、日が暮れて見えにくくなっていました。ヤエルはすぐに走って行き、荷物の下を支えながら言いました。
「ここ、段が高いから気をつけて」
おばさんは笑って、「あなたは町の小さな門番さんだね」と言いました。
家へ帰ると、父さんは話を聞いてこう言いました。
「大きな危険だけを避けるのは、だれでもできる。小さな合図のうちに気づける人が、本当に町を守るんだよ」
ヤエルはその言葉を聞いて、掲示板の前で足を止めた朝を思い出しました。勇敢だったからではありません。ただ、すぐに捨てるような気持ちにならず、少しだけ立ち止まったのです。その小さな立ち止まりが、だれかの転ばない一日につながったのでした。
その後、掲示板の下には、新しいしらせを読んだ人が小石を一つ置くようになりました。「読みましたよ」という印です。小石が増えるほど、だれかが気づいてくれていると分かるので、町の人たちは安心できました。注意深さは一人の目ではなく、少しずつ町じゅうの目になっていったのです。
ある雨の日には、布屋のおばさんがそのしらせを見て、干していた布を早めに取りこみました。パン屋のおじさんは店先の台を中へ入れ、子どもたちは本をぬらさずにすみました。小さな紙一枚に気づくことが、こんなふうに町のいろいろな一日を守るのだと、ヤエルはますますよく分かっていきました。
その後、掲示板の下には、新しいしらせを読んだ人が小石を一つ置くようになりました。「読みましたよ」という印です。小石が増えるほど、だれかが気づいてくれていると分かるので、町の人たちは安心できました。注意深さは一人の目ではなく、少しずつ町じゅうの目になっていったのです。
ある雨の日には、布屋のおばさんがそのしらせを見て、干していた布を早めに取りこみました。パン屋のおじさんは店先の台を中へ入れ、子どもたちは本をぬらさずにすみました。小さな紙一枚に気づくことが、こんなふうに町のいろいろな一日を守るのだと、ヤエルはますますよく分かっていきました。
そのうちヤエルは、掲示板を読むだけでなく、読めない人へ短く伝える役もするようになりました。年をとったおじいさんには「西の門は足元に気をつけて」、急いでいるおばさんには「今日は井戸が混みますよ」と一言で伝えます。長いしらせを全部言わなくても、大切なところを渡せるだけで、その人の一日はずっと安全になることがあるのでした。
ある朝、掲示板の前で立ち止まった子が言いました。
「ここって、町が先に『気をつけてね』って言ってくれる場所なんだね」
ヤエルはその言葉に深くうなずきました。小さな合図に気づくことは、こわがりになることではなく、みんなが安心して歩ける道を守ることなのだと、もうはっきり分かっていたからです。
1) ヤエルは、どうして掲示板の紙を読みなおしたのかな?
2) 「たいしたことない」と決めつけないことは、どうして大切なんだろう?
3) あなたの毎日の中にも、気づくとみんなが助かる小さな合図はあるかな?
この物語は、小さな注意やしるしに気づく知恵の大切さを伝えるユダヤの教えをもとに、子ども向けに再話したものです。
もとになった話
用心深さと注意深さの価値を教える、ユダヤの知恵の教えより



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