・自分のことだけでなく、まだ来ていない人のことまで考えられるとやさしさが深くなる
・本当の思いやりは、目の前にいる人だけでなく、あとから来る人にも向けられる
・少し待つことや少し空けておくことにも、親切はある
むかしむかし、学びの家の前に長い木のベンチが置かれている町がありました。朝になると子どもたちはそこへ集まり、授業が始まる前におしゃべりをしたり、本を読んだりして過ごしていました。
そのベンチは日あたりがよく、冬の朝には特に人気でした。みんな少しでもあたたかい場所に座りたくて、早い者勝ちのようになっていたのです。
その中に、エリという男の子がいました。エリは足が速く、毎朝だれよりも早く学びの家へ着くことができました。だからいつも、日のいちばん当たる真ん中の席へ座ることができました。
ある寒い日、エリはいつものように早く着きました。ベンチの真ん中はまだ空いていて、そこへ座れば背中までぽかぽかします。エリはうれしくなって一歩進みました。
ところがそのとき、ふと頭に浮かんだ顔がありました。いつも少し遅れてくる友だちのノアです。ノアは足を少し痛めていて、坂道をゆっくり歩かなければなりません。そのかわり、冬の朝は手が冷えて赤くなっていることがよくありました。
エリは立ち止まりました。真ん中の席に座れば自分は気持ちいい。でも、ノアが来たときには、もう日の当たる場所がないかもしれません。
エリは少し迷ってから、真ん中の席ではなく、そのとなりに座りました。わざと半分だけ空けておいたのです。
先に来ていた子が不思議そうに言いました。
「どうしてそこに座るの? 真ん中、空いてるのに」
エリは答えました。
「あとでノアが来たら、ここがいいかなと思って」
その子は肩をすくめました。
「まだ来てないのに?」
エリは少し照れながらうなずきました。
「まだ来てないからだよ」
しばらくして、ノアがいつものように坂道をゆっくり上ってきました。手は赤く、息も少し白くなっています。エリはすぐ手を振りました。
「こっち! ここ空けてあるよ」
ノアは驚いた顔をしてベンチへ座りました。日の当たる場所はほんの少しあたたかく、それだけで肩の力が抜ける気がしました。
「ありがとう。今日は遅れたから、すみっこしかないと思ってた」
エリは笑いました。
「来るって分かってたから」
そのやり取りを見ていた先生は、授業の前に子どもたちへたずねました。
「親切とは、目の前の人にだけするものだと思いますか」
子どもたちは顔を見合わせました。先生はベンチを指して続けます。
「まだ来ていない人のために、場所を残しておく。これも立派な親切です。見えている人だけでなく、あとで来る人の困りごとまで考えられる人は、思いやりの広い人です」
その日から、ベンチの座り方が少し変わりました。だれかがぎゅうぎゅうにつめて座る前に、「あとで来る子の分もあるかな」と考える子が増えたのです。席は前と同じ数しかありませんでしたが、待つ気持ちが入ると、前より広く見えました。
ある朝には、雨上がりでベンチの端がぬれていました。先に来た子どもたちは、乾いている場所へ一斉に座ろうとしましたが、一人の子が言いました。
「ちょっとつめよう。傘をたたむのが遅い子があとで来るから」
その一言で、みんな少しずつ体を寄せ合いました。だれかが先に言葉にしてくれたおかげで、頭の中にしかなかった親切が形になったのです。
ノアもまた、別の日に同じことをしました。今度は自分より小さな子が遅れてくると知っていたので、日の当たる場所を少しだけ残しておいたのです。小さな子が「座っていいの?」と聞くと、ノアは笑って答えました。
「まだ来てない人の分も、朝のうちに考えておくといいんだって」
先生はその様子を見てうれしそうにしました。一度受け取った親切が、別のだれかへ渡っていったからです。やさしさは、物のように減るのではなく、渡されるたびに場所の空気の中へ増えていくのかもしれません。
家へ帰る道で、エリは母さんにその話をしました。母さんはパン生地をこねながら言いました。
「よい人というのはね、自分の席にすわる前に、ほかの人の座る場所まで考えられる人かもしれないね」
エリはその言葉を聞いて、朝のベンチを思い出しました。自分はただ半分の席を空けておいただけでした。でもその小さな空きが、ノアにとっては『ここに来てもいい』というしるしになっていたのです。
次の日の朝、ベンチの真ん中には、だれかが小さな文字でこう書いた紙を置いていました。
「まだ来ていない人にも、朝日は当たる」
だれが置いたのかは分かりません。でも、それを読んだ子どもたちはみな、少しだけ座り方を考えるようになったそうです。
それから学びの家の中でも、本棚の前で後ろの子の分を空ける子や、水差しの列で年下の子を前へ通す子が増えました。ベンチの一席を残す気持ちは、朝の外だけでなく、教室の中へも広がっていったのです。
ノアはある日、エリへ小さな声で言いました。
「あの日、席だけじゃなくて、『ここに来ていいよ』って気持ちまで残してくれたんだね」
エリはその言葉を聞いて、半分の席には日ざしだけでなく、相手を迎える親切まで入っていたのだと気づきました。
ある冷たい朝には、エリが遅れてきたことがありました。すると今度は、別の子が真ん中の席を少しだけ空けてくれていました。
「今日はきみがあとから来る人だったね」
そう言われて座ったエリは、待ってもらえることのあたたかさを自分の体で受け取りました。残しておいた一席には、朝日だけでなく、迎えられる安心まで入っているのでした。
それから学びの家の中でも、本棚の前で後ろの子の分を空ける子や、水差しの列で年下の子を前へ通す子が増えました。ベンチの一席を残す気持ちは、朝の外だけでなく、教室の中へも広がっていったのです。
ノアはある日、エリに小さな声で言いました。
「あの日、席だけじゃなくて、『ここに来ていいよ』って気持ちまで残してくれたんだね」
エリはその言葉を聞いて、半分の席には日ざしだけでなく、相手を迎える親切まで入っていたのだと気づきました。
1) エリは、どうして日の当たる真ん中の席を空けておいたのかな?
2) 「まだ来ていない人」のことを考えるやさしさって、どんなところがすてきだと思う?
3) 学校や家でも、あとから来る人のためにできることはあるかな?
この物語は、目の前にいない人への思いやりまで含めて考える心を伝えるユダヤの教えをもとに、子ども向けに再話したものです。
もとになった話
先回りする親切と配慮を教える、ユダヤの知恵の教えより



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