・知恵は本の中だけでなく、毎日の仕事や工夫の中にもある
・だれからでも学べる人は、世界の中に先生をたくさん持てる
・学ぶ心があると、見慣れた暮らしも知恵の宝庫に見えてくる
むかしむかし、畑のあぜ道でアビは、「勉強は先生の前でしか始まらない」と思っていました。ところがその日、ラビは本ではなく、人の仕事ぶりを見つめていました。
畑ではまっすぐな畝がつくられ、店先では細い針が静かに布を通っていきます。アビには、それがただの仕事にしか見えませんでした。
ラビはたずねました。
「あの人は、どうしてあんなにうまくできるのでしょう」
アビは答えました。
「毎日しているからかな」
「そうですね。そして毎日している中に、学びが積もっているのです」
ラビはさらに言いました。
「知恵は学びの家の中にだけ置かれているのではありません。手を使う人にも、道具を整える人にも、長く続けてきた工夫があります」
アビはそのあと、農夫の老人と一緒に仕事を見せてもらいました。遠くを見てまっすぐ歩くこと、急がず細く通すこと、失敗してもすぐやり直すこと。どれも本の外にある学びでした。
その夜、アビは家でつぶやきました。
「ぼく、先生からだけ学ぶんじゃないんだね」
ラビはうなずきました。
「学ぶ心を持っている人には、会う人ごとに先生になるときがあるのですよ」
アビはそれから、人の仕事を前よりていねいに見るようになりました。知恵は高い場所からだけ降ってくるのではなく、足もとの暮らしの中にも、静かに置かれているのだと分かったからです。
その日の帰り道、アビは何度も足をゆるめました。畑のあぜ道で起こったことは、もう終わったはずなのに、胸の中ではまだ続いているようでした。だれかに一度教わっただけで、人の見え方や自分の手の動き方がこんなに変わるのだろうかと、不思議に思ったのです。
家へ向かう途中でも、朝には見過ごしていたものが目に入りました。道のすみに寄せられた桶、ほどけかけたひも、困り顔で立ち止まる小さな子、言いかけてやめた人の口もと。アビは、それまでなら景色の一部として流していたものが、今日はみんな「どうしたらよいかな」と自分にたずねてくるように見えました。
その夜、農夫の老人といっしょにその話をすると、農夫の老人は「ぼくならすぐにはそんなふうにできないかも」と正直に言いました。アビも、すぐに何でも上手にできるようになったわけではないと思いました。けれど、前より少しだけ立ち止まれること、前より少しだけ人の気持ちを考えられることが、たしかに自分の中へ入ってきているとも感じていました。
翌朝になると、学びの家や広場では、また別の小さな出来事が起こりました。だれかが急ぎ、だれかが迷い、だれかが少し失敗します。けれどアビは、前の日のことを思い出しながら、今度は自分からひとつ先に動いてみました。大きなことではなくても、昨日教わった 身近な人の仕事や暮らしからも謙虚に学ぶこと という知恵を、その場で試してみたかったのです。
最初は、うまくいかないところもありました。言葉を選びすぎて黙りこんでしまったり、気をつかいすぎて一歩が遅れたりもしました。それでもラビは笑って言いました。
「まっすぐできる人も、最初からまっすぐだったわけではありません。よいことは、昨日より少しよくしようとするところから育ちます」
アビはその言葉を聞いてほっとしました。知恵を学ぶというのは、一度で完璧な人になることではなく、次の場面で少しだけましな選び方ができるようになることなのだと分かったからです。そう思うと、失敗した日のことまで無駄ではなく見えてきました。
数日たつと、農夫の老人のほうからも変化が見えました。アビが前にしたことばや行いを覚えていて、似た場面でまねしようとしたのです。大きな教えは立派な言葉だけで広がるのではなく、目の前で見た小さな手本からも広がっていくのだと、アビはそのとき気づきました。
ラビは子どもたちを見渡して、あらためてこう話しました。
「知恵は、聞いて終わるものではありません。台所でも、道ばたでも、友だちとのあいだでも、何度も使ってはじめて自分のものになります。そして自分のものになった知恵は、こんどはとなりの人を助ける灯りになります」
アビはその晩、眠る前にその日あったことを思い返しました。今日は少しできたこと、できなかったこと、次はもう少しよくしたいこと。そんなふうに一日を見直すと、教えは遠い話ではなく、明日の自分へ手渡す道具のように思えました。小さな道具でも、毎日使えば、心の中でたしかな形になっていくのです。
朝になるたびに、アビは前より少しだけ早く気づこうとしました。だれかの顔つき、部屋の乱れ、言葉の強さ、待っている人の気持ち。気づけることが増えるほど、教えは増えるのではなく、暮らしの中へ静かにしみこんでいくのだと分かってきました。学んだことは本のページに残るだけでなく、その日のふるまいにも残るのです。
それからしばらくして、畑のあぜ道では前より少しやわらかな場面が増えました。だれかが先に聞くようになり、先に分けるようになり、先に整えるようになり、先に謝るようにもなりました。ひとりの変化は小さくても、暮らしの中へ置かれると、まわりの空気まで少しずつ変えていくのでした。アビはその様子を見て、善いことは目立たなくても、ちゃんと次の人へ渡っていくのだと感じました。
1) このお話の人は、どんなときに気持ちを変えられたのかな?
2) あなたなら、同じ場面でどんなことばや行動を選ぶかな?
3) 今日のくらしの中で、ひとつだけまねしてみたいことはあるかな?
この物語は、身近な人の仕事や暮らしからも学べる謙虚さを伝えるユダヤの教えをもとに、子ども向けに再話したものです。
もとになった話
だれからでも学ぶ者こそ賢いとする、ユダヤの知恵の教えより



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