・見えたことだけで急いで決めると、まちがえることがある
・最後まで聞くことは、相手への思いやりであり、正しさへの近道でもある
・耳を先に使う人は、口が人を傷つけるのを減らせる
むかしむかし、町の門では朝になると、いろいろな声がいっせいに聞こえてきました。品物を売る声、道をたずねる声、そして時には、言い分がぶつかる声もありました。
その日、サムエルは言い争う二人を見て、どちらが悪いのかすぐ決めたくなりました。片方は大きな声で、もう片方は小さな声だったからです。サムエルは小さな声の人がかわいそうに見えました。
けれどラビは、すぐに結論を言いませんでした。
「大きな声と正しいことは、いつも同じではありません。小さな声と正しいことも、いつも同じではありません」
そう言って、二人の話を順番に聞き始めました。
話を最後まで聞くと、先に大きな声を出した人は、相手が転ばないように急いで止めようとしていたことが分かりました。小さな声の人は、その声におどろいて自分が責められたと思っていたのです。
サムエルは恥ずかしくなりました。見えたことだけで決めつけていたからです。するとラビは言いました。
「耳は、口より先に二つあります。先にたくさん聞きなさいというしるしです」
その帰り道、友だちのエズラが家の前で弟とけんかをしていました。サムエルは最初、「それは君が悪いよ」と言いそうになりました。けれど朝の言葉を思い出し、まず二人に順番に話してもらいました。
すると、弟は転んで泣いていただけで、友だちのエズラは助けようとして袖を引いていたことが分かりました。二人は悪意でぶつかったのではなく、急いだ気持ちでこじれていただけでした。
サムエルは、そのとき初めて、最後まで聞くことは回り道ではなく、まちがいを減らす近道なのだと分かりました。早く決めるより、正しく分かるほうがずっと大事なのです。
ラビはあとでこう言いました。
「人の話を最後まで聞く人は、相手を助けるだけでなく、自分の心が軽々しくなるのも防いでいるのですよ」
その日の帰り道、サムエルは何度も足をゆるめました。町の門で起こったことは、もう終わったはずなのに、胸の中ではまだ続いているようでした。だれかに一度教わっただけで、人の見え方や自分の手の動き方がこんなに変わるのだろうかと、不思議に思ったのです。
家へ向かう途中でも、朝には見過ごしていたものが目に入りました。道のすみに寄せられた桶、ほどけかけたひも、困り顔で立ち止まる小さな子、言いかけてやめた人の口もと。サムエルは、それまでなら景色の一部として流していたものが、今日はみんな「どうしたらよいかな」と自分にたずねてくるように見えました。
その夜、友だちのエズラといっしょにその話をすると、友だちのエズラは「ぼくならすぐにはそんなふうにできないかも」と正直に言いました。サムエルも、すぐに何でも上手にできるようになったわけではないと思いました。けれど、前より少しだけ立ち止まれること、前より少しだけ人の気持ちを考えられることが、たしかに自分の中へ入ってきているとも感じていました。
翌朝になると、学びの家や広場では、また別の小さな出来事が起こりました。だれかが急ぎ、だれかが迷い、だれかが少し失敗します。けれどサムエルは、前の日のことを思い出しながら、今度は自分からひとつ先に動いてみました。大きなことではなくても、昨日教わった 早い決めつけより、最後まで聞いて確かめること という知恵を、その場で試してみたかったのです。
最初は、うまくいかないところもありました。言葉を選びすぎて黙りこんでしまったり、気をつかいすぎて一歩が遅れたりもしました。それでもラビは笑って言いました。
「まっすぐできる人も、最初からまっすぐだったわけではありません。よいことは、昨日より少しよくしようとするところから育ちます」
サムエルはその言葉を聞いてほっとしました。知恵を学ぶというのは、一度で完璧な人になることではなく、次の場面で少しだけましな選び方ができるようになることなのだと分かったからです。そう思うと、失敗した日のことまで無駄ではなく見えてきました。
数日たつと、友だちのエズラのほうからも変化が見えました。サムエルが前にしたことばや行いを覚えていて、似た場面でまねしようとしたのです。大きな教えは立派な言葉だけで広がるのではなく、目の前で見た小さな手本からも広がっていくのだと、サムエルはそのとき気づきました。
ラビは子どもたちを見渡して、あらためてこう話しました。
「知恵は、聞いて終わるものではありません。台所でも、道ばたでも、友だちとのあいだでも、何度も使ってはじめて自分のものになります。そして自分のものになった知恵は、こんどはとなりの人を助ける灯りになります」
サムエルはその晩、眠る前にその日あったことを思い返しました。今日は少しできたこと、できなかったこと、次はもう少しよくしたいこと。そんなふうに一日を見直すと、教えは遠い話ではなく、明日の自分へ手渡す道具のように思えました。小さな道具でも、毎日使えば、心の中でたしかな形になっていくのです。
朝になるたびに、サムエルは前より少しだけ早く気づこうとしました。だれかの顔つき、部屋の乱れ、言葉の強さ、待っている人の気持ち。気づけることが増えるほど、教えは増えるのではなく、暮らしの中へ静かにしみこんでいくのだと分かってきました。学んだことは本のページに残るだけでなく、その日のふるまいにも残るのです。
それからしばらくして、町の門では前より少しやわらかな場面が増えました。だれかが先に聞くようになり、先に分けるようになり、先に整えるようになり、先に謝るようにもなりました。ひとりの変化は小さくても、暮らしの中へ置かれると、まわりの空気まで少しずつ変えていくのでした。サムエルはその様子を見て、善いことは目立たなくても、ちゃんと次の人へ渡っていくのだと感じました。
1) このお話の人は、どんなときに気持ちを変えられたのかな?
2) あなたなら、同じ場面でどんなことばや行動を選ぶかな?
3) 今日のくらしの中で、ひとつだけまねしてみたいことはあるかな?
この物語は、相手の話をよく聞いてから判断する知恵を伝えるユダヤの教えをもとに、子ども向けに再話したものです。
もとになった話
軽々しく裁かず、まず耳を傾けることを勧める、ユダヤの知恵の教えより



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