先に分ければ足りてくる 〜祭りの日の干しいちじく〜

先に分ければ足りてくる 〜祭りの日の干しいちじく〜 知恵と機転
先に分ければ足りてくる 〜祭りの日の干しいちじく〜
【今日のお話のポイント】
・少ないときほど、分ける心が場をあたたかくすることがある
・先に出し惜しみをしない人は、まわりの善意も動かしやすい
・豊かさは数だけでなく、どう使うかでも決まる

むかしむかし、祭りの広場では、持ち寄った食べものを分け合って食べる日がありました。ノアは小さなかごに入ったパンを見て、「これだけでは足りないかもしれない」と不安になっていました。

まわりには、お腹をすかせた子どもや、仕事の途中で立ち寄った人もいます。ノアは、自分のぶんが減ることばかり考えて、かごの口をぎゅっと押さえました。

それを見たヒレルは、かごのそばに座ってたずねました。
「もし君だけが満ちて、隣の人がしょんぼりしていたら、そのパンは本当においしいかな」

ノアは答えられません。するとヒレルは、小さくちぎったパンを一つ手に取りました。
「分けると減るように見えますね。でも、分けると心に『足りた』が残ることもあります」

ノアは思いきって、先に小さな子へひとかけ渡しました。次に、仕事帰りの人へも渡しました。すると不思議なことに、「ありがとう」の声が返ってきて、かごの中身がただ減るだけのようには感じられなくなりました。

そのあと、別の家の人が干しいちじくを、また別の人が薄い焼き菓子を持ってきました。最初に分け始めた姿を見て、自分も出そうと思ったのです。広場には、少しずつ持ち寄られたものが思ったより豊かに並びました。

妹のリナが言いました。
「先にしまいこまなくてよかったね」
ノアはうなずきました。分けることは、手の中を空にすることではなく、場の空気をあたたかくして、次の分け合いを呼ぶことだったのです。

ヒレルは最後にこう言いました。
「豊かさは、たくさん持つことだけで決まりません。持っているものをどう回すかでも決まるのです」

その日の帰り道、ノアは何度も足をゆるめました。祭りの広場で起こったことは、もう終わったはずなのに、胸の中ではまだ続いているようでした。だれかに一度教わっただけで、人の見え方や自分の手の動き方がこんなに変わるのだろうかと、不思議に思ったのです。

家へ向かう途中でも、朝には見過ごしていたものが目に入りました。道のすみに寄せられた桶、ほどけかけたひも、困り顔で立ち止まる小さな子、言いかけてやめた人の口もと。ノアは、それまでなら景色の一部として流していたものが、今日はみんな「どうしたらよいかな」と自分にたずねてくるように見えました。

その夜、妹のリナといっしょにその話をすると、妹のリナは「ぼくならすぐにはそんなふうにできないかも」と正直に言いました。ノアも、すぐに何でも上手にできるようになったわけではないと思いました。けれど、前より少しだけ立ち止まれること、前より少しだけ人の気持ちを考えられることが、たしかに自分の中へ入ってきているとも感じていました。

翌朝になると、学びの家や広場では、また別の小さな出来事が起こりました。だれかが急ぎ、だれかが迷い、だれかが少し失敗します。けれどノアは、前の日のことを思い出しながら、今度は自分からひとつ先に動いてみました。大きなことではなくても、昨日教わった 少ない中でも分け合うことで、心の豊かさを広げること という知恵を、その場で試してみたかったのです。

最初は、うまくいかないところもありました。言葉を選びすぎて黙りこんでしまったり、気をつかいすぎて一歩が遅れたりもしました。それでもヒレルは笑って言いました。
「まっすぐできる人も、最初からまっすぐだったわけではありません。よいことは、昨日より少しよくしようとするところから育ちます」

ノアはその言葉を聞いてほっとしました。知恵を学ぶというのは、一度で完璧な人になることではなく、次の場面で少しだけましな選び方ができるようになることなのだと分かったからです。そう思うと、失敗した日のことまで無駄ではなく見えてきました。

数日たつと、妹のリナのほうからも変化が見えました。ノアが前にしたことばや行いを覚えていて、似た場面でまねしようとしたのです。大きな教えは立派な言葉だけで広がるのではなく、目の前で見た小さな手本からも広がっていくのだと、ノアはそのとき気づきました。

ヒレルは子どもたちを見渡して、あらためてこう話しました。
「知恵は、聞いて終わるものではありません。台所でも、道ばたでも、友だちとのあいだでも、何度も使ってはじめて自分のものになります。そして自分のものになった知恵は、こんどはとなりの人を助ける灯りになります」

ノアはその晩、眠る前にその日あったことを思い返しました。今日は少しできたこと、できなかったこと、次はもう少しよくしたいこと。そんなふうに一日を見直すと、教えは遠い話ではなく、明日の自分へ手渡す道具のように思えました。小さな道具でも、毎日使えば、心の中でたしかな形になっていくのです。

朝になるたびに、ノアは前より少しだけ早く気づこうとしました。だれかの顔つき、部屋の乱れ、言葉の強さ、待っている人の気持ち。気づけることが増えるほど、教えは増えるのではなく、暮らしの中へ静かにしみこんでいくのだと分かってきました。学んだことは本のページに残るだけでなく、その日のふるまいにも残るのです。

それからしばらくして、祭りの広場では前より少しやわらかな場面が増えました。だれかが先に聞くようになり、先に分けるようになり、先に整えるようになり、先に謝るようにもなりました。ひとりの変化は小さくても、暮らしの中へ置かれると、まわりの空気まで少しずつ変えていくのでした。ノアはその様子を見て、善いことは目立たなくても、ちゃんと次の人へ渡っていくのだと感じました。

子どもへの問いかけ(いっしょに考えてみよう)
1) このお話の人は、どんなときに気持ちを変えられたのかな?
2) あなたなら、同じ場面でどんなことばや行動を選ぶかな?
3) 今日のくらしの中で、ひとつだけまねしてみたいことはあるかな?
このお話について
この物語は、少ない中でも分け合う心の豊かさを伝えるユダヤの教えをもとに、子ども向けに再話したものです。

もとになった話
持ち物よりも分け方に心の豊かさが表れることを教える、ユダヤの知恵の教えより

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