・終わりの日に次の始まりを整えておくと、明日がやさしく始められる
・準備は目立たなくても、みんなの安心を支える仕事になる
・「あとで困らないように」を考える人は、時間を上手に大切にしている
むかしむかし、月の終わりの日になると、町の学びの家では大そうじがありました。机を拭き、棚を整え、使い終わった紙や折れた炭を片づけて、次の月を気持ちよく迎えるためです。
子どもたちは大そうじそのものはきらいではありませんでした。けれど、最後の「道具箱の整理」だけは人気がありません。炭を数え、紙をそろえ、欠けた定規を別にし、足りないものを書き出す。地味で時間がかかるからです。
その月の終わり、その役目がまわってきたのは、リオルという男の子でした。友だちは言いました。
「最後にそれって、はずれだね」
「掃除のほうがまだ早く終わるのに」
リオルも、最初はそう思いました。みんなが帰ったあとに一人で道具箱をのぞきこみ、炭の長さをそろえたり、紙の角をそろえたりするのは、たしかにつまらなく見えます。
でも先生は、道具箱を前にしたリオルへこう言いました。
「これは今月の終わりの仕事に見えますが、本当は来月の始まりの仕事なのですよ」
リオルは首をかしげました。
「終わりなのに始まり?」
先生は道具箱のふたを開けて見せました。中には、短くなった炭、端の折れた紙、なくなった糸の芯、ふたのない墨つぼが入っています。
「明日の朝、最初にこれを開ける子は、きれいに始められるでしょうか」
リオルは少し考えてから答えました。
「困ると思います」
「そうです。だから、だれかの明日の困りごとを減らす仕事なのです」
その言葉を聞いて、リオルは少しだけ道具箱の見え方が変わりました。炭はただの炭ではなく、次の朝に字を書く子のための炭。紙はただの紙ではなく、最初の勉強を始める子のための紙です。
リオルは机に道具を広げて、一つずつ見直し始めました。短すぎる炭は別の箱へ入れ、まだ使えるものは長さをそろえて並べます。紙は小さいものと大きいものに分け、破れかけのものは練習用の束にしました。墨つぼには、小さな札をつけて「ふたがありません」と書きます。
しばらくすると、先に帰ったはずの友だちの一人が戻ってきました。
「まだやってるの?」
リオルは答えます。
「うん。でも、ちょっとおもしろくなってきた」
友だちは笑いました。
「道具箱が?」
リオルはうなずきました。
「次に使う子の顔を思い浮かべると、ただの片づけじゃない気がするんだ」
それを聞いて、友だちも少しだけ手伝いました。定規を重ね、糸を巻き直し、明日すぐ使うものを取り出しやすい場所へ置きます。二人でやると、道具箱の中は見違えるほど整いました。
次の月の最初の朝、まだ眠そうな顔をした子どもたちが教室へ入ってきました。最初に道具箱を開けた子は、思わず声を上げました。
「わあ、きれい!」
炭は取りやすく、紙はそろっていて、足りないものには札がついています。先生はその声を聞いて、少しだけリオルのほうを見て笑いました。
その日の授業は、とても静かに始まりました。だれかが「炭がない」「紙が破れてる」と立ち上がることもありません。始まりが静かだと、教室の空気まで落ち着いて見えるのでした。
休み時間、友だちはリオルに言いました。
「昨日は、はずれだと思ってた。けど、いちばん最初の朝を守る役だったんだね」
リオルは照れくさそうに笑いました。自分でもそう思い始めていたからです。
その月の終わりには、今度は別の子が道具箱係になりました。けれど、その子はいやそうな顔をしませんでした。
「来月の始まりの仕事なんでしょ」
そう言って、炭の長さをそろえ始めたのです。
先生はあとで子どもたちに言いました。
「準備というのは、まだ来ていない時間への親切です。明日の自分や、明日のだれかへ、『困らないようにしておいたよ』と先に伝えることなのです」
リオルはその言葉を長く覚えていました。月の終わりに道具箱を整えることは、終わりを片づけることではなく、始まりに灯りをつけることだったのかもしれないと感じたからです。
家へ帰ると、リオルはその晩、自分の靴をそろえ、明日の本を机の上へ出してから眠りました。だれにも言われたわけではありません。でも、明日の朝に困らないようにするのは、自分への親切でもあると分かったのです。見えにくい準備は、見えやすい安心に変わるのでした。
次の月の終わりには、子どもたちのほうから「道具箱、先に見ようか」という声が出ました。だれか一人の特別な役ではなく、みんなで次の朝を整える仕事になっていたのです。先生はその様子を見て、何も言わずにうれしそうにしていました。準備の知恵は、教えこまれるより、暮らしの中で受け渡されていくものだと分かったからです。
リオルも、月の終わりの日が前ほど面倒ではなくなりました。終わりの日には、もう次の始まりが少しだけ入っている。そう知っていると、片づける手つきまでちがってくるのでした。
ある朝、まだだれも来ていない教室へ先生が入ると、道具箱のふたは静かに閉じられ、机の上には次に使う紙が取りやすい向きで重ねられていました。先生はその景色を見て、整えられた部屋というのは、ただきれいな部屋ではなく、「ここで安心して始められますよ」と先に言ってくれている部屋なのだと思いました。
次の月の終わりには、子どもたちのほうから「道具箱、先に見ようか」という声が出ました。だれか一人の特別な役ではなく、みんなで次の朝を整える仕事になっていたのです。準備の知恵は、教えこまれるより、暮らしの中で受け渡されていくものだと、リオルも少しずつ分かっていきました。
月の終わりの日、リオルは道具箱の中で一番短い炭を見つめながら思いました。短くなった炭も、次の日の最初の一文字を書くかもしれない。そう考えると、どの道具も「終わりかけのもの」ではなく、「次の始まりを待っているもの」に見えてきました。準備とは、まだ役目の残っているものを、ちゃんと次へ渡すことなのかもしれません。
それから子どもたちは、月の最後の日が近づくと「来月の朝をきれいにしよう」と言うようになりました。終わりを片づける日ではなく、始まりを迎える日になっていたのです。見えにくい準備は、前の日の静かな手の中で整えられ、次の日の安心へ変わっていくのでした。
1) リオルは、どうして道具箱の整理が「来月の始まりの仕事」だと分かったのかな?
2) 準備をしておくことは、どうして明日の人への親切になるんだろう?
3) あなたが今日のうちに整えておける「明日のためのこと」はあるかな?
この物語は、準備することの価値と、まだ来ていない時間への配慮を伝えるユダヤの教えをもとに、子ども向けに再話したものです。
もとになった話
備えと秩序の大切さを教える、ユダヤの知恵の教えより



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