・急いで言い返すと、まちがったことを言いやすい
・少し待つことは、相手を大切にすることにもつながる
・知恵ある人は、話す前にまず聞こうとする
むかしむかし、ある学びの家に、質問好きの子どもたちがたくさん通っていました。そこにいたラビは、とても物知りでしたが、だれかに話しかけられても、すぐには答えず、いつも少しだけ間をおいてから話し始めるのでした。
ある日、せっかちな男の子がたずねました。
「先生、どうしてすぐ答えないの? 知らないからじゃないの?」
教室のみんなは「あっ」と思いました。ずいぶん失礼な言い方だったからです。けれどもラビは怒らず、やさしく笑いました。
その男の子は、何でも早いことがよいことだと思っていました。走るのも早い、食べるのも早い、答えるのも早い。だから、すぐに返事をしない先生を見て、「遅いのは弱いこと」だとどこかで思っていたのです。
家でもその子は、母親に呼ばれると「はい!」とすぐ返事をするのに、肝心の用事を聞きまちがえることがよくありました。それでも本人は、返事の早さを少し自慢に思っていたのです。
「いい質問ですね。では今日は、その答えをみんなで見つけてみましょう」
ラビは机の上に、ふたつの小さなかごを置きました。一つのかごには、まだ青いぶどう。もう一つには、よく熟れた甘そうなぶどうが入っています。
「さあ、急いで一つ取って食べたい人は、どちらを選びますか?」
子どもたちは見た目だけで、ぱっと手を伸ばしました。けれども何人かは、青い方を取ってしまいました。ひと口食べると、顔をしかめます。
一人の子は「早く取ったのに、はずれだ」と言い、別の子は「見てから選べばよかった」と笑いました。ラビはその様子を見ながら、何も責めず、ただうなずいていました。
「すっぱーい!」
ラビはうなずきました。
「よく見ないで急ぐと、こういうことが起こります」
次にラビは、一人の子どもに小声で短い文を伝えました。その子はすぐ隣の子へ、またその隣の子へと急いで伝えていきました。最後の子が大きな声で言った文は、最初の文とずいぶん違っていました。
はじめは「青い鳥が朝の屋根にとまった」だったのに、最後には「赤い鳥が屋根を食べた」みたいなおかしな文になってしまい、教室は大笑いでした。けれど、笑いながらも、みんなは「急ぐとこんなにずれるんだ」と感じていました。
教室は大笑いになりました。
「おかしいね! ぜんぜん違う!」
ラビは言いました。
「急いで聞くと、聞き落としが増えます。急いで話すと、まちがいが増えます」
せっかちな男の子は、まだ少し納得できない顔でした。
「でも、急いで答えた方が頭がいいように見えるよ」
ラビは、小さなろうそくを一本ともしました。火はゆらゆら揺れています。
「この火に、いきなり強く息を吹きかけたらどうなるでしょう」
「消える!」
「では、そっと守ったら?」
「消えない」
ラビはうなずいて言いました。
「ことばも同じです。急いで強く出せば、相手の心の火を消してしまうことがあります。でも、少し待って、やさしく選んで話せば、心を照らす灯りになるのです」
ラビはさらに続けました。
「それに、すぐ返事をすると、自分が本当に言いたいことまで分からなくなることがあります。怒ったまま、急いだままのことばは、あとで『あんなふうに言わなければよかった』と悔やみやすいのです」
そこでラビは、黒板に大きく二つの言葉を書きました。ひとつは「すぐ」。もうひとつは「よく」です。
「『すぐ話す』ことと、『よく聞く』こと。どちらが賢さに近いでしょう」
子どもたちは少し考え、さっきよりゆっくり手を挙げました。すぐに答えることより、ちゃんと考えることの方が大切だと、みんなの中で少しずつ見えてきたのです。
そのとき、別の子どもが手を挙げました。
「じゃあ先生は、答えを考えているだけじゃなくて、ぼくらが本当に聞きたいことを確かめているの?」
ラビはにっこりしました。
「その通り。人は同じことばを使っていても、本当に知りたいことは少しずつ違います。急がない返事は、相手を大切にするための時間でもあるのです」
それを聞いて、せっかちな男の子は思い出しました。家でも、妹の話を最後まで聞かずに「あとで!」と返してしまい、あとから妹が本当は助けを求めていたのだと知って困ったことがあったのです。
「ぼく、急いでばかりだったから、相手のほんとうの気持ちを聞きそこねてたのかもしれない」
せっかちな男の子は、ちょっと赤くなって言いました。
「ぼく、さっき失礼なことを言っちゃった。すぐ言わないで、少し考えればよかった」
ラビはその子の頭をやさしくなでました。
「気づけたなら、それも立派な学びです」
その日から学びの家では、だれかが質問したあと、みんながほんの少しだけ静かになる時間ができたそうです。そして、その短い静けさのおかげで、前よりもやさしい会話が増えました。
最初のうちは、その静かな時間がむずがゆく感じる子もいました。すぐ話したくて、口がむずむずするのです。それでもラビは、「急がないことも練習です」と言いました。するとだんだん、みんなはその短い間の中で、相手の顔を見たり、自分の心を整えたりできるようになりました。
しばらくすると、教室の空気も変わりました。前は人の話の途中で言葉がぶつかっていたのに、今は最後まで聞いてから返す子が増えたのです。すると不思議なことに、前よりもけんかが減り、質問も前より深くなっていきました。
早く答えることより、よく聞いてから答えることの方が大切なときがあります。知恵ある人は、ことばの前にひと呼吸おくことで、自分の心も相手の心も守っているのです。
この物語は、ユダヤの学びの伝統に伝わる話を、子ども向けにやさしい日本語で再話したものです。
もとになった話
タルムードに伝わる知恵の物語より



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