意見がちがうとき、本当に大事なのは「勝つこと」じゃなくて、みんなが一緒に前へ進めること。
対話と約束を守る力が、仲直りをつくるよ。
※このお話は、タルムードに出てくる逸話(暦の対立と和解)を、子どもに読み聞かせやすい形にやさしく語り直したものです。
むかしむかし、学びの町に「みんなで日にちを決める集まり」がありました。
新しい月がはじまる日を決める大切な役目で、お祝いの日や行事の日も、その決まりで動くのです。
その集まりの中心にいたのが、ガムリエル先生。
落ち着いた声で話し、みんなの意見を聞きながら、最後は責任を持って決める先生でした。
ある日、月の見え方を見た人たちが、集まりに来て言いました。
「昨日の夜、細い月が見えました!」
ガムリエル先生は質問しました。
「どこに見えた? 何時ごろ? 空は明るかった? 雲は?」
みんなが答えるたび、先生はうなずき、ほかの先生たちも相談しました。
そしてガムリエル先生は言いました。
「よし。今月のはじまりは“今日”にしよう」
みんなは一斉にメモを取り、町に知らせる準備をしました。
でも、その中で、ヨシュア先生だけが少し困った顔をしていました。
ヨシュア先生は、月の動きの計算がとても得意で、まじめで正直な先生です。
先生はゆっくり口を開きました。
「……わたしの計算では、新しい月は“明日”のはずです。
だから、今月のはじまりは今日ではなく、明日だと思います」
会場がしん…と静まりました。
誰かが言いました。「じゃあ、お祝いの日もずれるの?」
別の人が言いました。「みんなで別々の日に行事をしたら、大混乱だよ」
ヨシュア先生はうつむきました。
「でも、わたしはウソは言いたくない。計算は明日だと言っている」
ガムリエル先生も、すぐには怒りませんでした。
ただ、表情が少しだけかたくなりました。
「ヨシュア先生。あなたが正直なのは分かっている。
だけど、みんなで決める日を、ひとりずつ変えはじめたら、町がばらばらになる」
ヨシュア先生は言いました。
「なら、どうすればいいんですか。わたしは…まちがったことを言いたくない」
ガムリエル先生は、しばらく考えてから言いました。
「では、こうしよう。あなたは“自分の計算では明日”と思っていても、
みんなの決定に合わせてほしい」
ヨシュア先生は胸がきゅっとなりました。
(みんなに合わせろ? でも、心ではちがうと思っているのに?)
その夜、ヨシュア先生は眠れませんでした。
正しいと思うことを言ったのに、空気が悪くなった。
自分がわるいのか。相手がわるいのか。分からなくなりました。
そこへ、親しい先生(アキバ先生)がそっとやって来て言いました。
「ヨシュア先生。意見を言うのは大事。でも、みんなで決める役目も大事なんだ」
「でも、まちがっていると思う日に合わせるのは…」
ヨシュア先生が言うと、アキバ先生は静かに答えました。
「“あなたの心”は正直でいていい。
でも、“みんなが一緒に動くための約束”も守るんだ。
それが町を守ることになる」
ヨシュア先生は、長い間黙っていました。
そして、ゆっくりうなずきました。
「……わかった。みんなの決定を受け入れる。
ただ、ぼくの心が追いつくまで、少し時間がほしい」
次の日、ガムリエル先生からヨシュア先生へ、知らせが届きました。
「あなたが“本当はちがう”と思っている日に、わたしのところへ来てほしい」
そして、わざと目立つように、こう書かれていました。
「手に杖(つえ)を持って、財布も持って来なさい」
それは、ヨシュア先生にとっては、胸が痛くなるお願いでした。
「その日」は、先生の計算では大切な日になるはずだからです。
(杖や財布を持って歩くのは、気持ち的にとてもつらい)
でも、ヨシュア先生は決めました。
“みんなが一緒に進むための約束を守る”と。
先生は杖を手に、財布を持ち、ゆっくり歩き出しました。
道の途中、見知った人が何人も心配そうに見つめました。
「ほんとに行くの?」という目でした。
ヨシュア先生は、まっすぐ前だけを見て歩きました。
(ぼくは負けたんじゃない。約束を守りに行くんだ)
ガムリエル先生のいる場所に着くと、周りの先生たちが息をのみました。
ヨシュア先生が本当に来たからです。
その瞬間――
ガムリエル先生は、席から立ち上がりました。
そして、ヨシュア先生のところまで歩いて行き、深く頭を下げました。
「来てくれて、ありがとう」
周りの先生たちが驚く中、ガムリエル先生は続けました。
「あなたは“学びの先生”だ。知恵が深い。
そして今日は、みんなの決まりを受け入れてくれた。
だから、あなたは“わたしの大切な仲間”でもある」
ヨシュア先生の目が、少し潤みました。
ガムリエル先生は、ヨシュア先生の肩に手を置いて、笑いました。
「意見がちがっても、心は一つにできる。
あなたがそれを見せてくれた」
その言葉で、ヨシュア先生の胸の固い石が、すっと軽くなった気がしました。
先生は小さく言いました。
「……ありがとう。ぼくも、町がばらばらになるのはいやだ」
二人は、ゆっくりうなずき合いました。
その日、学びの家には、いつもよりやさしい空気が流れました。
“ちがい”が消えたわけではありません。
でも、“ちがい”を持ったまま、一緒に歩く道が見えたのです。
ヨシュア先生は、どうして「自分の考えとちがう決定」を受け入れられたのかな?
もしクラスや家族で意見が割れたら、あなたは「みんなで前に進む」ために何ができる?



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