だれからでも学べる 〜ひとりの賢者と畑の見習い〜

だれからでも学べる 〜ひとりの賢者と畑の見習い〜 学びと対話
だれからでも学べる 〜ひとりの賢者と畑の見習い〜
【今日のお話のポイント】
・学びは、えらい人からだけもらうものではない
・相手がだれであっても、よいところを見つけられる人は伸びていく
・本当に賢い人は、「自分はまだ学べる」と知っている

むかしむかし、知恵者として有名なラビがいました。遠くの町からも人がやってきて、質問をし、教えを求めました。ラビは多くの本を読み、多くのことを知っていましたが、それでもいつも「まだ学ぶことはある」と言っていました。

ある日、ラビは畑のそばを歩いていました。そこでは、見習いの少年が畝をつくっていました。ところが少年の手つきはぎこちなく、まっすぐに土を盛ることができません。何度やっても曲がってしまいます。

少年は何度もやり直しては、額の汗をぬぐいました。近くで見ていたほかの人は、「まだまだ見習いだな」と笑います。少年は悔しそうでしたが、投げ出さずに、もう一度くわを握り直しました。

ラビはしばらく見ていましたが、近くの農夫が少年に言うのを聞きました。

「足元ばかり見るな。遠くの木を目印にして進むんだ」

少年はその通りにしてみました。すると、さっきまで曲がっていた畝が、今度はずいぶんまっすぐに伸びていきました。

ラビは感心しました。

「なるほど。まっすぐ進みたいなら、近くばかり見てはいけないのだな」

農夫は、ラビが感心しているのを見て少し驚きました。自分にとっては毎日の当たり前の工夫だったからです。でもラビは、その「当たり前」の中に、深い知恵があることを見逃しませんでした。

ラビは歩きながら、その言葉を何度も心の中でくり返しました。遠くを見ること。目の前の細かな失敗だけにとらわれず、どこへ向かうかを忘れないこと。畑の話のようでいて、学びにも暮らしにも通じる教えだと感じたのです。

その夜、ラビは学びの家で子どもたちに教えていました。けれども、その日ひとりの子どもが、なかなか集中できずにそわそわしています。ラビは注意しようとして、ふと昼間の畑のことを思い出しました。

『足元ばかり見るな。遠くの木を目印にして進むんだ』

ラビは子どもにたずねました。

「君は、今日の勉強でどこへ向かいたい?」

子どもはきょとんとしました。

「え?」

「ただ目の前の文字を追うだけではなく、何を分かるようになりたいのかな」

子どもは少し考えてから言いました。

「自分でお話を読めるようになりたい」

ラビはうれしそうにうなずきました。

「それなら、目の前の一文字一文字も、その大きな目標につながっているんだよ」

すると子どもは、さっきまでより少し背筋を伸ばしました。目の前の難しい文字が、ただの退屈な線ではなく、「いつか自分で読めるようになる道の途中の石」に見えたからです。

すると子どもの目が少し輝き、さっきまでよりも落ち着いて机に向かえるようになりました。

授業のあと、ほかの子どもがたずねました。

「先生、その教えはどこで読んだの?」

ラビは笑って答えました。

「今日は、本ではなく畑で学んだのです。しかも、えらい学者からではなく、見習いの少年と農夫のやり取りからね」

子どもたちは驚いて顔を見合わせました。彼らは、「学ぶ」というと、先生が前に立って教えることだと思っていたのです。けれどラビは、学びはもっと広い場所にあると示したのでした。

子どもたちは驚きました。

「先生みたいな人でも、だれかから学ぶんだ!」

ラビは静かに言いました。

「もちろんです。本当に賢い人とは、だれからでも学べる人のことです。子どもからでも、職人からでも、旅人からでも学べます。大切なのは、『自分はもう十分知っている』と思いこんでしまわないことです」

そしてラビは、もう一つつけ加えました。

「学びを受け取るには、耳だけでは足りません。心もやわらかくしておかなければなりません。心がかたくなると、目の前の小さな知恵を『そんなの知っている』と通りすぎてしまうからです」

ひとりの子が手を挙げました。

「先生、じゃあ、年下の子から学ぶこともあるの?」

ラビはうなずきました。

「ありますとも。小さな子は、転んでもまた立ち上がることを教えてくれます。疲れたら素直に休むことも教えてくれます。大人は、知っていることが増えるほど、かえって学びを見落とすことがあるのです」

その話を聞いて、子どもたちは次の日から、前よりもまわりをよく見るようになりました。お母さんの仕事の仕方、パン屋の手つき、小さな弟が転んでもまた立ち上がる姿。学びは、本の中だけではなく、暮らしの中にもたくさんあると気づいたのです。

ある子は、おばあさんが糸をほどく前に結び目をじっと見つめる姿から「あわてないこと」を学びました。別の子は、靴直しの職人が目立たない裏側まで丁寧に縫うのを見て、「見えないところを大切にすること」を学びました。そうして学びの家の子どもたちは、町全体を大きな教室のように感じるようになりました。

すると、教室での学び方まで少し変わりました。だれかがよい答えを言うと、「先生の答えだから正しい」のではなく、「どうしてその考えがよいのか」をみんなで聞くようになったのです。学びは、上から下へ落ちてくるだけでなく、いろいろな場所から集まってくるのだと分かったからでした。

知恵は、高いところにあるものだけではありません。低いところ、近くの人、ふだん見すごしてしまう毎日の中にも、たくさん隠れています。だれからでも学べる心を持つ人は、いつまでも成長し続けることができるのです。

このお話について
この物語は、ユダヤの学びの伝統に伝わる話を、子ども向けにやさしい日本語で再話したものです。

もとになった話
タルムードに伝わる知恵の物語より

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