・本当の強さは、怒りにすぐ引っぱられないことの中にもある
・気持ちが熱くなったとき、一度立ち止まるだけで選べる言葉が変わる
・自分を治める人は、相手だけでなく自分の心も守れる
むかしむかし、学びの家の窓辺でヨセフは、ひどく腹の立つことがありました。からかわれたのか、先に押されたのか、とにかく胸の中が熱くなって、すぐに言い返したくなったのです。
ベン・ゾマはその様子を見て、すぐには説教をしませんでした。代わりに、窓辺のろうそくを指さしました。
「火がゆれているとき、強く吹けばどうなるでしょう」
「消える」
「では、風が落ちるまで少し待てば?」
「またまっすぐになる」
ベン・ゾマは言いました。
「怒りも似ています。来ることは止められなくても、そのまま口に乗せるか、少し座りなおしてから話すかは選べます」
ヨセフは最初、そんなのむずかしいと思いました。けれど、その場で一度座り、深く息をしてから顔を上げると、さっきより相手の顔がはっきり見えました。向こうもむきになっていただけで、少しこわそうな目をしていたのです。
その帰り道、弟のイランがうっかりヨセフの持っていた物を落としてしまいました。ヨセフはまた怒りかけましたが、朝のろうそくを思い出し、一度立ち止まってから言いました。
「次は気をつけてね。いっしょに拾おう」
弟のイランはほっとした顔をしました。もしそのまま怒鳴っていたら、物だけでなく気持ちまで散らばっていたかもしれません。
ヨセフはそのとき、本当に強い人とは、相手をねじ伏せる人ではなく、自分の熱い気持ちにすぐ命令されない人なのだと少し分かりました。
ベン・ゾマは静かに結びました。
「自分の心を治められる人は、勝ち負けの前に、自分を失わずにすむのです」
その日の帰り道、ヨセフは何度も足をゆるめました。学びの家の窓辺で起こったことは、もう終わったはずなのに、胸の中ではまだ続いているようでした。だれかに一度教わっただけで、人の見え方や自分の手の動き方がこんなに変わるのだろうかと、不思議に思ったのです。
家へ向かう途中でも、朝には見過ごしていたものが目に入りました。道のすみに寄せられた桶、ほどけかけたひも、困り顔で立ち止まる小さな子、言いかけてやめた人の口もと。ヨセフは、それまでなら景色の一部として流していたものが、今日はみんな「どうしたらよいかな」と自分にたずねてくるように見えました。
その夜、弟のイランといっしょにその話をすると、弟のイランは「ぼくならすぐにはそんなふうにできないかも」と正直に言いました。ヨセフも、すぐに何でも上手にできるようになったわけではないと思いました。けれど、前より少しだけ立ち止まれること、前より少しだけ人の気持ちを考えられることが、たしかに自分の中へ入ってきているとも感じていました。
翌朝になると、学びの家や広場では、また別の小さな出来事が起こりました。だれかが急ぎ、だれかが迷い、だれかが少し失敗します。けれどヨセフは、前の日のことを思い出しながら、今度は自分からひとつ先に動いてみました。大きなことではなくても、昨日教わった 怒りや勢いにすぐ従わず、自分の心を治めること という知恵を、その場で試してみたかったのです。
最初は、うまくいかないところもありました。言葉を選びすぎて黙りこんでしまったり、気をつかいすぎて一歩が遅れたりもしました。それでもベン・ゾマは笑って言いました。
「まっすぐできる人も、最初からまっすぐだったわけではありません。よいことは、昨日より少しよくしようとするところから育ちます」
ヨセフはその言葉を聞いてほっとしました。知恵を学ぶというのは、一度で完璧な人になることではなく、次の場面で少しだけましな選び方ができるようになることなのだと分かったからです。そう思うと、失敗した日のことまで無駄ではなく見えてきました。
数日たつと、弟のイランのほうからも変化が見えました。ヨセフが前にしたことばや行いを覚えていて、似た場面でまねしようとしたのです。大きな教えは立派な言葉だけで広がるのではなく、目の前で見た小さな手本からも広がっていくのだと、ヨセフはそのとき気づきました。
ベン・ゾマは子どもたちを見渡して、あらためてこう話しました。
「知恵は、聞いて終わるものではありません。台所でも、道ばたでも、友だちとのあいだでも、何度も使ってはじめて自分のものになります。そして自分のものになった知恵は、こんどはとなりの人を助ける灯りになります」
ヨセフはその晩、眠る前にその日あったことを思い返しました。今日は少しできたこと、できなかったこと、次はもう少しよくしたいこと。そんなふうに一日を見直すと、教えは遠い話ではなく、明日の自分へ手渡す道具のように思えました。小さな道具でも、毎日使えば、心の中でたしかな形になっていくのです。
朝になるたびに、ヨセフは前より少しだけ早く気づこうとしました。だれかの顔つき、部屋の乱れ、言葉の強さ、待っている人の気持ち。気づけることが増えるほど、教えは増えるのではなく、暮らしの中へ静かにしみこんでいくのだと分かってきました。学んだことは本のページに残るだけでなく、その日のふるまいにも残るのです。
それからしばらくして、学びの家の窓辺では前より少しやわらかな場面が増えました。だれかが先に聞くようになり、先に分けるようになり、先に整えるようになり、先に謝るようにもなりました。ひとりの変化は小さくても、暮らしの中へ置かれると、まわりの空気まで少しずつ変えていくのでした。ヨセフはその様子を見て、善いことは目立たなくても、ちゃんと次の人へ渡っていくのだと感じました。
1) このお話の人は、どんなときに気持ちを変えられたのかな?
2) あなたなら、同じ場面でどんなことばや行動を選ぶかな?
3) 今日のくらしの中で、ひとつだけまねしてみたいことはあるかな?
この物語は、感情のまま動かず、自分の心を治める強さを伝えるユダヤの教えをもとに、子ども向けに再話したものです。
もとになった話
真の強さを自制の中に見る、ユダヤの知恵の教えより



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