小さな約束を軽くしない 〜夕暮れの油びん〜

小さな約束を軽くしない 〜夕暮れの油びん〜 知恵と機転
小さな約束を軽くしない 〜夕暮れの油びん〜
【今日のお話のポイント】
・小さな約束こそ、その人の誠実さがよく見える
・仕事の大きさより、相手の待つ気持ちを軽くしないことが大切なときがある
・忘れずに果たすことが、信頼を少しずつ積み重ねていく

むかしむかし、家の戸口でエリヤは、「あとでやるね」と言った小さな約束をそのままにしそうになっていました。急いでいるわけではなくても、先に遊びたい気持ちがあったのです。

祖母のハナは何も責めませんでした。でも、その待っている顔を見て、エリヤの胸は少し落ち着かなくなりました。

先生はそばで言いました。
「小さな約束は、小さいから破ってよいのではありません。小さいからこそ、心の形がよく見えるのです」

エリヤは、油びんを運ぶだけの短い手伝いを後回しにしようとしていたことを思い出しました。ほんの数歩のことでしたが、待っている人にとっては、ちゃんと頼んだことが覚えられているかどうかのしるしでもありました。

そこでエリヤは遊びに行く前に約束をすませました。すると頼んだ人は笑って言いました。
「大きなことじゃないけれど、忘れずにしてくれたのがうれしいよ」

エリヤは、その言葉でようやく分かりました。約束の重さは、仕事の大きさだけで決まるのではなく、「頼んだ人の気持ちを軽くしないこと」にもあるのだと。

先生は結びました。
「人は大きなことより、小さな約束の扱い方で信頼されることも多いのですよ」

その日の帰り道、エリヤは何度も足をゆるめました。家の戸口で起こったことは、もう終わったはずなのに、胸の中ではまだ続いているようでした。だれかに一度教わっただけで、人の見え方や自分の手の動き方がこんなに変わるのだろうかと、不思議に思ったのです。

家へ向かう途中でも、朝には見過ごしていたものが目に入りました。道のすみに寄せられた桶、ほどけかけたひも、困り顔で立ち止まる小さな子、言いかけてやめた人の口もと。エリヤは、それまでなら景色の一部として流していたものが、今日はみんな「どうしたらよいかな」と自分にたずねてくるように見えました。

その夜、祖母のハナといっしょにその話をすると、祖母のハナは「ぼくならすぐにはそんなふうにできないかも」と正直に言いました。エリヤも、すぐに何でも上手にできるようになったわけではないと思いました。けれど、前より少しだけ立ち止まれること、前より少しだけ人の気持ちを考えられることが、たしかに自分の中へ入ってきているとも感じていました。

翌朝になると、学びの家や広場では、また別の小さな出来事が起こりました。だれかが急ぎ、だれかが迷い、だれかが少し失敗します。けれどエリヤは、前の日のことを思い出しながら、今度は自分からひとつ先に動いてみました。大きなことではなくても、昨日教わった 小さな約束を軽くせず、信頼を少しずつ積み上げること という知恵を、その場で試してみたかったのです。

最初は、うまくいかないところもありました。言葉を選びすぎて黙りこんでしまったり、気をつかいすぎて一歩が遅れたりもしました。それでも先生は笑って言いました。
「まっすぐできる人も、最初からまっすぐだったわけではありません。よいことは、昨日より少しよくしようとするところから育ちます」

エリヤはその言葉を聞いてほっとしました。知恵を学ぶというのは、一度で完璧な人になることではなく、次の場面で少しだけましな選び方ができるようになることなのだと分かったからです。そう思うと、失敗した日のことまで無駄ではなく見えてきました。

数日たつと、祖母のハナのほうからも変化が見えました。エリヤが前にしたことばや行いを覚えていて、似た場面でまねしようとしたのです。大きな教えは立派な言葉だけで広がるのではなく、目の前で見た小さな手本からも広がっていくのだと、エリヤはそのとき気づきました。

先生は子どもたちを見渡して、あらためてこう話しました。
「知恵は、聞いて終わるものではありません。台所でも、道ばたでも、友だちとのあいだでも、何度も使ってはじめて自分のものになります。そして自分のものになった知恵は、こんどはとなりの人を助ける灯りになります」

エリヤはその晩、眠る前にその日あったことを思い返しました。今日は少しできたこと、できなかったこと、次はもう少しよくしたいこと。そんなふうに一日を見直すと、教えは遠い話ではなく、明日の自分へ手渡す道具のように思えました。小さな道具でも、毎日使えば、心の中でたしかな形になっていくのです。

朝になるたびに、エリヤは前より少しだけ早く気づこうとしました。だれかの顔つき、部屋の乱れ、言葉の強さ、待っている人の気持ち。気づけることが増えるほど、教えは増えるのではなく、暮らしの中へ静かにしみこんでいくのだと分かってきました。学んだことは本のページに残るだけでなく、その日のふるまいにも残るのです。

それからしばらくして、家の戸口では前より少しやわらかな場面が増えました。だれかが先に聞くようになり、先に分けるようになり、先に整えるようになり、先に謝るようにもなりました。ひとりの変化は小さくても、暮らしの中へ置かれると、まわりの空気まで少しずつ変えていくのでした。エリヤはその様子を見て、善いことは目立たなくても、ちゃんと次の人へ渡っていくのだと感じました。

子どもへの問いかけ(いっしょに考えてみよう)
1) このお話の人は、どんなときに気持ちを変えられたのかな?
2) あなたなら、同じ場面でどんなことばや行動を選ぶかな?
3) 今日のくらしの中で、ひとつだけまねしてみたいことはあるかな?
このお話について
この物語は、小さな約束を軽くせず、誠実に果たすことの価値を伝えるユダヤの教えをもとに、子ども向けに再話したものです。

もとになった話
ことばと行いを一致させる誠実さを勧める、ユダヤの知恵の教えより

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