・遊びの終わりをていねいにできる人は、本当にその場を楽しめる人かもしれない
・楽しい時間のあとに片づけることも、大切な役目の一部である
・次の人が気持ちよく使えるように整えることは、見えにくい親切になる
むかしむかし、町の真ん中の広場には、子どもたちが遊び道具をしまうための木箱が置かれていました。木の輪投げ、石の駒、縄、布のボール。夕方になると、みんなそれらを使って遊び、暗くなる前に家へ帰るのが決まりでした。
けれど、遊びの終わりはいつも少し大変でした。帰る時間になると、「これ、だれが片づけるの?」「ぼくは先に帰るよ」と言う子が出て、道具が箱の外に残ることがあったのです。次の日には縄がからまり、駒が足りず、布のボールはしめって重くなっていました。
その中に、マルタという女の子がいました。マルタは遊ぶのも大好きですが、終わったあとの広場が少し気になっていました。朝、広場へ来たときに、昨日の遊び道具が散らかっているのを見るのが、なんだかさみしかったからです。
ある夕方、子どもたちは輪投げと縄遊びで大さわぎしていました。風は心地よく、まだまだ遊びたくなる時間です。そこへ広場の鐘が鳴りました。帰る合図です。
すると、いつものように何人かは道具を置いたまま走り出しました。
「また明日!」
「暗くなる前に帰らなきゃ」
木の輪はベンチの下、縄は石畳の真ん中、布のボールは噴水のそばに転がっています。マルタはため息をつきました。
そのとき、広場の端で店じまいをしていた果物屋のおばさんが言いました。
「今日は風が出そうだよ。片づけないと、縄はぬれて、輪は道へ転がっていくかもしれないねえ」
マルタは立ち止まりました。たしかに、空を見上げると、夕方の風が少し強くなってきています。このままにしたら、明日の遊びはきっと困るでしょう。
そこでマルタは大きな声で言いました。
「帰る前に、三つだけ集めよう! 輪と縄とボールだけ!」
一人の男の子が振り返って言いました。
「どうしてマルタが仕切るの?」
マルタは答えました。
「仕切ってるんじゃないよ。明日の自分たちが困らないようにしたいだけ」
その言葉を聞いて、二人、三人と戻ってきました。みんなで手分けすると、輪はすぐに集まり、縄もほどいて丸められます。布のボールは、マルタが布で軽くぬぐってから箱へ入れました。
全部しまい終わったころには、風がぐっと強くなっていました。果物屋のおばさんは笑って言いました。
「よかったね。あと少し遅かったら、追いかけっこは遊び道具じゃなくて、飛んでいく道具になってたよ」
子どもたちは笑いました。けれどその次の朝、広場へ来てみると、箱の中の道具がきれいにそろっているのを見て、みんな少しうれしくなりました。遊びは昨日で終わっていたはずなのに、その気持ちよさは今日まで続いていたのです。
その日からマルタは、帰りの鐘が鳴ると「三つだけ集めよう」と声をかけるようになりました。三つなら大変すぎず、だれでも手伝えます。気がつくと、それが広場の合図のようになりました。
ある日には、マルタが先に帰らなければならない日がありました。すると、いつもよく文句を言っていた男の子が、鐘のあとに言いました。
「今日はぼくが『三つだけ』言うよ」
みんなは笑いながら手を動かしました。片づけはマルタ一人の仕事ではなく、広場を使うみんなの仕事になっていたのです。
広場の世話をしている管理人のおじさんも、その変化に気づきました。
「このごろは朝の仕事が早いよ。だれかが前の晩にちゃんとしてくれてるからな」
その言葉を聞いて、子どもたちは少し誇らしくなりました。誰にもほめられないと思っていた片づけが、ちゃんと次の朝を助けていたからです。
母さんにその話をすると、マルタはこう言われました。
「楽しいことを始めるのが上手な人は多いけれど、楽しいことをきれいに終われる人は、もっとすてきだね」
マルタはその言葉を聞いて、広場の木箱を思い出しました。遊び道具をしまうことは、遊びを終わらせることではなく、明日の遊びまで大切にすることだったのです。
それから広場では、「先に片づけた人の勝ち」と言う子まで出てきました。本当の勝ち負けではありません。でも、最後までその場を気持ちよく使えた人が、いちばん広場を楽しめた人なのかもしれません。夕方の風が吹くたび、子どもたちは自分たちの手で広場の明日を整えるようになっていきました。
ある朝、管理人のおじさんは木箱の上に小さな布を敷いておいてくれました。
「このごろは、ちゃんとしまってくれるから、中まできれいにしておきたくなってね」
子どもたちはその布を見てうれしくなりました。自分たちのていねいさが、大人のていねいさまで呼んでいたからです。
マルタはそのとき思いました。片づけは、遊びを終わらせるための仕事ではなく、「またここで気持ちよく遊ぼうね」と次の人へ渡す合図なのかもしれない、と。そう思うと、箱のふたを閉める音まで少し気持ちよく聞こえるのでした。
それから広場の木箱の中には、小さな仕切りが作られました。輪は輪、縄は縄、布のボールは乾いた布の上。管理人のおじさんがそうしてくれたのは、子どもたちが毎晩きちんと戻してくれるようになったからです。片づける人が増えると、しまう場所まで整っていく。広場は、使う人の手つきで少しずつよい場所になっていくのでした。
ある夕方には、年下の子が先に木箱の前へ走っていき、「今日はぼくがボール係!」と胸を張りました。片づけは、残されたつまらない仕事ではなく、遊びの最後を仕上げる役みたいに見え始めていたのです。夕方の風が吹くたび、広場には「次の人のために整える」という、見えにくいけれどたしかな親切が残るようになっていきました。
広場に朝いちばんで来た子どもたちは、ときどき前の晩にきれいにしまわれた道具箱を見て、「昨日のぼくたち、えらかったね」と笑うようになりました。だれかにほめられる前に、自分たちで次の朝の気持ちよさを感じられるようになったのです。終わり方をていねいにすることは、次の楽しさを自分たちで守ることでもありました。
マルタは、その笑い声を聞くたびに、片づけは遊びの反対ではないのだと思いました。最後まで手を入れたからこそ、遊びは気持ちよく終わり、また明日も始めたくなるのです。広場の木箱は、子どもたちにそんなことを毎夕少しずつ教えてくれていました。
1) マルタは、どうして帰る前に「三つだけ集めよう」と言ったのかな?
2) 遊びのあとの片づけは、どうして遊びの一部みたいに大切なんだろう?
3) あなたのまわりにも、次の人のために整えておける場所はあるかな?
この物語は、終わり方をていねいにする責任と親切を伝えるユダヤの教えをもとに、子ども向けに再話したものです。
もとになった話
次の人のために場を整えることの価値を教える、ユダヤの知恵の教えより



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