・見えている重さだけでなく、見えない大変さもあると想像できることが大切
・比べるより、気づいて助けるほうが道は楽になる
・相手の事情を考える心が、親切の入口になる
むかしむかし、市場から村へ戻る坂道が一本だけある町がありました。市場の日の夕方になると、人々は袋やかごを抱えて、その坂道をゆっくり登って帰っていきます。
ある日、その坂道を三人の子どもが歩いていました。ぶどうを買ったレビ、豆の袋を持ったハンナ、そして何も持っていないように見えるナオムです。
レビは肩にぶどうのかごをかけ、ふうふう言いながら歩いていました。ハンナも豆の袋を抱えて、腕が痛そうです。二人は前を歩くナオムを見て、少しうらやましくなりました。
「いいなあ、ナオムは楽そうで」
「手ぶらみたいだもんね」
ナオムは振り返って笑いましたが、何も言いませんでした。
坂道の真ん中まで来たころ、レビはとうとう文句を言いました。
「ぼくたちだけ重いものを持ってるみたいだ」
するとハンナも言います。
「少しくらい代わってくれてもいいのに」
ナオムは立ち止まりました。それから背中にかけていた外とうを少し開きました。すると中から、小さな薬の包みがいくつも出てきました。こわれないように布で巻かれていて、両手でしっかり押さえなければなりません。
「おばあちゃんの薬を運んでるんだ。落としたら困るから、両手が空いてないんだよ」
レビとハンナは顔を見合わせました。ナオムは手ぶらどころか、割れやすくて大切なものを抱えていたのです。それはかごや袋みたいに目には見えにくい重さでした。
ハンナが小さな声で言いました。
「知らなかった……ごめんね」
レビも言いました。
「ぼく、自分のかごしか見えてなかった」
ナオムは首を振りました。
「いいよ。でも、見えない荷物ってあるんだなって、ぼくも思う」
その言葉に、二人ははっとしました。人が持っているものは、目に見える袋やかごだけではないのかもしれません。
そのあと三人は、坂道を少しゆっくり歩くことにしました。レビは自分のかごを持ち直し、ハンナは豆の袋を胸の前に抱えなおします。すると坂の上から、杖をついたおじいさんが降りてきました。三人は自然に道の端へ寄りました。
おじいさんは通りすぎながら、ナオムの手元を見て言いました。
「大事なものを運んでいるのだね。気をつけて帰りなさい」
その一言で、レビとハンナはまた少し考えました。大事な荷物は重さだけではなく、気づかいも一緒に運ぶのだと分かってきたからです。
村へ入る手前で、今度はハンナが足を止めました。
「ねえ、私がレビのかごの底を少し支えるよ。片方だけでも軽くなるかも」
レビはうれしくなって、「じゃあぼくは、薬の包みがずれないように前を見て道を教える」と言いました。
そうして三人は、さっきまでよりずっと楽な気持ちで歩きました。荷物が急に軽くなったわけではありません。でも、自分だけが重いと思わなくなったことで、坂道の見え方まで変わったのです。
村へ戻ると、ナオムのおばあさんは薬を受け取ってほっとしました。レビの母さんは、ぶどうのかごを見て言いました。
「今日はちゃんとつぶれずに帰ってきたね」
ハンナの家では、豆の袋がやぶけていないのを見て、父さんが笑いました。
その日の夜、三人はそれぞれ家で同じような話をしました。
「見えている荷物だけが重いわけじゃないんだ」
次の市場の日から、坂道では少し変わった光景が見られるようになりました。だれかが大きな袋を持っていれば声をかけ、手ぶらに見える人にも「何か大事なものを持ってるかもしれない」と考える子が増えたのです。人は、自分の重さばかり見ていると、ほかの人の大変さが見えなくなります。でも少しだけ想像すると、道は前よりやさしくなります。
先生は後日、この話を聞いて子どもたちに言いました。
「人の荷物には、見えるものと見えないものがあります。だから『だれがいちばん重いか』を比べるより、『だれが少し助かるだろうか』を考えるほうが賢いのです」
レビはその言葉を長く覚えていたそうです。見える重さばかり比べていたときは、坂道は長く感じられました。でも、だれかの事情に気づいてからは、同じ坂でも前より短く感じられたのでした。
それから市場の日の帰り道では、「何を持ってるの?」より、「手伝えることある?」と声をかける子が増えました。袋ではなく心配ごとを抱えている人もいるかもしれないと、前より少し想像できるようになったからです。
ナオムのおばあさんは、薬を受け取ってほっとした顔で言いました。
「今日は三人で帰ってきたんだね」
ナオムは笑って答えました。
「うん。荷物は別々だったけど、道は一緒に運んだ感じだった」
その言葉を聞いて、レビもハンナも笑いました。重さを比べるより、少しずつ分け合うほうが道はちゃんと進むのだと知ったからです。
それから市場の日の帰り道では、「何を持ってるの?」より、「手伝えることある?」と声をかける子が増えました。袋ではなく心配ごとを抱えている人もいるかもしれないと、前より少し想像できるようになったからです。見える重さばかり比べていたときより、道は前よりずっとやさしい坂道になっていきました。
先生はのちに、この坂道のことをこう言いました。
「相手の荷物を全部持てなくても、見ようとすることはできます。その見ようとする目が、親切の最初の一歩なのです」
三人はその言葉を聞きながら、あの日の坂道を思い出しました。目に見える重さを比べるより、目に見えない事情を想像できるようになってからのほうが、ずっと人に近づける気がしたのでした。
次の市場の日、坂道で肩を落として歩いていた人にハンナが声をかけました。荷物は小さな包み一つだけでしたが、その人は「家で病気の人を待たせているんだ」と言いました。ハンナは、その言葉を聞いて包みの大きさでは分からない重さがあることを、またひとつ覚えました。見えない荷物は、薬だけでも、心配ごとだけでもないのです。
それから三人は、自分が軽い日ほど人を手伝えると思うようになりました。たくさん持っていないからこそ、よく見ることができる日もあるからです。坂道の親切は、腕の強さだけではなく、相手の事情に気づこうとする目から始まるのでした。
1) レビとハンナは、どうして最初ナオムのことを「楽そう」と思ったのかな?
2) 見えない大変さを想像することは、どうして大切なんだろう?
3) あなたのまわりにも、見えにくい荷物を持っている人はいるかな?
この物語は、目に見えない相手の事情まで想像する思いやりを伝えるユダヤの教えをもとに、子ども向けに再話したものです。
もとになった話
人の見えない重さに心を向けることを教える、ユダヤの知恵の教えより



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