・借りたものは、ただ返すだけでなく、感謝をこめて返すことができる
・小さな誠実さは、信頼を少しずつ大きくしていく
・人のものを大切にする人は、人との関係も大切にできる
むかしむかし、町のはずれに、だれでも使ってよい古い井戸がありました。その井戸のそばには、近くに住む人たちが使う道具小屋があり、縄や桶やバケツがきれいに並べられていました。使った人は元の場所へ戻すのが決まりでしたが、急いでいる人が多く、ときどき泥のついたまま置かれていたり、水がたまったままになっていたりしました。
その町に、レアという女の子がいました。ある朝、母さんに言われて井戸へ水をくみに行くと、家の桶の底にひびが入っていることに気づきました。水を入れると、細い線からぽたぽたとこぼれてしまいます。
「困ったわ。これじゃ家まで運べない」
レアが立ち尽くしていると、井戸小屋の前を掃いていたおじさんが言いました。
「今日は共用の青いバケツを使うといい。ただし、使い終わったらきちんと戻すんだよ」
レアはうれしくなって、棚から青いバケツを借りました。そのバケツは丈夫で、持ち手もぐらつきません。水はこぼれず、家まで無事に運べました。
ところが帰ってくると、母さんが次の仕事を頼みました。
「今度は洗濯の水もくんできてくれる?」
レアは「はい」と答え、青いバケツをまた持っていきました。二度、三度と使ううちに、持ち手に泥がつき、外側には水あとが白く残りました。
昼ごろ、ようやく仕事が終わると、レアは少し疲れていました。
「このまま棚に戻しても、だれも気づかないかもしれない」
ふと、そんな考えが頭をよぎります。ほかの桶も、だいたいそのまま戻されていたからです。
けれどレアは、朝おじさんが言った「きちんと戻すんだよ」という声を思い出しました。そこで井戸の横へしゃがみこみ、布で泥をぬぐい、持ち手の金具のすきままで指を入れて洗いました。中の水も捨て、日なたで少し乾かしてから、小屋の棚へ静かに戻しました。
そこへ、次に水をくみにきた男の子がやってきました。名前はヨアブといいます。ヨアブは棚の青いバケツを見て言いました。
「あれ、これ、朝よりきれいになってる」
レアは少し照れながら答えました。
「借りたから、きれいにして返したの」
ヨアブは首をかしげました。
「でも、同じものを返したなら、それで十分じゃないの?」
レアはしばらく考えてから言いました。
「借りたときより困る形で返したくなかったの。次の人がすぐ気持ちよく使えたらいいなって思って」
そのやり取りを聞いていた井戸小屋のおじさんは、ほうきを止めて笑いました。
「そうだね。物は口をきかないけれど、どう返したかで、その人の心は見えるものだ」
その日の夕方、ヨアブもまた共用の縄を借りました。前なら急いで丸めて放りこんでいたところですが、今日はちがいます。絡まないよう丁寧に巻き、棚の横にまっすぐ掛けました。レアのしたことが、心に残っていたからでした。
次の日になると、井戸小屋の様子が少し変わっていました。水差しは逆さにして乾かされ、桶の底の泥は前より少なくなり、縄もきれいに巻かれています。だれが言い出したわけでもありません。ただ、一人が「借りたときより悪くしない」を始めたことで、まわりも少しずつ同じように動き始めたのです。
数日後、井戸小屋のおじさんは小さな札を作って棚の上に置きました。
「借りたものは、次の人のために返しましょう」
その字を見て、レアは胸があたたかくなりました。自分が大きなことをしたわけではありません。それでも、青いバケツをきれいに戻した朝の気持ちが、井戸ばたの約束みたいになっていたからです。
ある雨の日には、旅の女の人が小屋の前で困っていました。ぬれた道で荷物が重く、空いている桶を探していたのです。レアは棚からきれいな青いバケツを取って渡しました。女の人は「助かります」と言って何度も頭を下げました。レアは、そのバケツが昨日も誰かに大切に戻されていたことを思い出しました。自分の親切だけではなく、見えないだれかの丁寧さが、今この人を助けているのです。
母さんはその話を聞いて、夜にこう言いました。
「誠実って、見張られているからするものじゃないのよ。次に使う人の顔が見えなくても、その人のことを思って動けることなの」
レアはうなずきました。借りたバケツを返したとき、自分は物だけでなく、安心して使える気持ちも返していたのかもしれないと思ったからです。
それからレアは、家で借りた本を返すときも、読んだあとしわを伸ばしてから返すようになりました。となりの家から針を借りたときも、数を確かめて小さな布に包んで返しました。借りたものを大切にすることは、物の話に見えて、実は人とのあいだにある信頼を大切にすることなのだと、だんだん分かってきたのです。
井戸ばたの青いバケツは、今も特別きれいなまま棚に置かれているそうです。だれか一人が完璧にしたからではありません。借りた人が少しずつ心をこめて戻すようになったからです。誠実さは大きな音を立てません。でも、静かに続くと、場所の空気まで変えていくのでした。
月の終わりに棚を見まわした井戸小屋のおじさんは、しみじみと言いました。
「このごろは、道具を探す時間が前より短いよ。みんなが次の人のことを考えて戻してくれるからだ」
レアはその言葉を聞いて、きれいに返すことは見た目の話だけでなく、次の人の手間まで軽くすることなのだと、もう一度よく分かりました。
そしてある日、小さな子が木の車輪を借りに来たとき、使い終わったあとに自分から土をぬぐい始めました。
「きれいにして返すんだよね」
レアは思わず笑いました。誠実さは、言いきかせるより、毎日の手つきのほうがよく伝わることがあるのです。
井戸小屋のおじさんは、月の終わりに棚を見まわして言いました。
「このごろは、道具を探す時間が減ったよ。みんなが次の人のことを考えて戻してくれるからだ」
レアはその言葉を聞いてうれしくなりました。きれいに返すことは、見た目だけではなく、次の人の手間まで軽くしていたのです。
そしてある日、小さな子が木の車輪を借りに来たとき、使い終わったあとに自分から土をぬぐい始めました。
「きれいにして返すんだよね」
レアは思わず笑いました。誠実さは、むずかしい説教より、毎日の手つきのほうがよく伝わることがあるのです。
1) レアは、どうして青いバケツを洗ってから返したのかな?
2) 借りたものを大切に返すことは、どうして人との信頼につながるんだろう?
3) あなたが最近「ていねいに返したい」と思うものはあるかな?
この物語は、人の物や公共の物を大切に扱う誠実さを伝えるユダヤの教えをもとに、子ども向けに再話したものです。
もとになった話
借りたものを誠実に返すことの価値を教える、ユダヤの知恵の教えより



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