・強い声より、やさしい声のほうが人の心に届くことがある
・言い方ひとつで、同じ言葉でも伝わり方が変わる
・人を動かすのは命令だけでなく、思いやりでもある
むかしむかし、町の外れに、羊飼いたちがよく集まる丘がありました。その丘では毎朝、若い羊飼いの子どもたちが、自分の羊を呼び集める声を響かせていました。
その中に、アサフという元気な男の子がいました。アサフは大きな声が自慢で、「だれよりも強く呼べば、羊はすぐ集まる」と思っていました。
「おーい! こっちだ!」
「早くしろー!」
アサフが叫ぶたび、羊たちはびくっとして、一瞬立ち止まることはあっても、かえって散ってしまうこともありました。
一方、近くには年上の少女、マヤがいました。マヤは大声を出さず、落ち着いた声で羊たちを呼びます。
「おいで、こっちだよ」
「だいじょうぶ、ゆっくりでいいよ」
ふしぎなことに、羊たちはマヤのまわりへすっと集まってきます。アサフはそれが気に入りませんでした。
「なんでそんな小さな声で集まるんだろう。ぼくのほうが遠くまで聞こえるのに」
ある日、急に空が曇り、風が冷たくなりました。丘の上では小さな子羊が一頭、岩のそばで動けなくなっていました。アサフは遠くから大声で呼びました。
「おい! こっちへ来い!」
でも子羊は、こわがってますます身をすくめてしまいます。
するとマヤは走って近くまで行き、しゃがんで、静かな声で言いました。
「こわくないよ。いっしょに帰ろう」
子羊は少しずつ顔を上げ、やがてマヤのほうへ歩き出しました。
それを見たアサフは、ようやく気づきました。遠くまで届くかどうかと、心まで届くかどうかは、同じではなかったのです。
夕方、丘を下りながらアサフはたずねました。
「どうして、やさしい声のほうが聞いてもらえるの?」
マヤは少し考えてから答えました。
「相手がこわがっているときは、耳より先に心が閉じるからじゃないかな。強い声は遠くまで飛ぶけど、やさしい声は中まで入っていくのかもしれない」
その話を聞いていた年長の羊飼いは笑って言いました。
「羊だけじゃないぞ。人も同じだ。命令すれば動くこともあるが、やさしく呼びかけられたほうが、自分から動きたくなる」
次の日から、アサフは少しずつ呼び方を変えてみました。最初は照れくさくて、声がぎこちなくなりましたが、それでも続けました。
「おいで」
「そっちは危ないよ」
「こっちなら安心だよ」
すると、羊たちも前より落ち着いて集まるようになりました。小さな弟に話しかけるときも、前より怒鳴らなくなりました。
ある日、弟がうれしそうに言いました。
「兄ちゃんの声、最近やさしくなったね」
アサフは少し照れながら笑いました。
その日の夕方、群れの中でいちばん小さな子羊が岩のかげに入りこんで出てこなくなりました。前のアサフなら、大きな声で追い立てていたでしょう。けれど今は少し腰を落として、岩のそばで静かに呼びました。
「こわくないよ。こっちへおいで」
すると子羊は耳をぴくりと動かし、しばらくして自分から歩いて出てきました。アサフは、その小さな一歩を見て、声は押すためより支えるために使えるのだとまた確かめました。
それからアサフは、羊だけでなく、人への話し方まで少しずつ変わっていきました。弟が失敗しても前ほど怒鳴らず、「どうしたの?」と聞けるようになりました。すると弟の顔も、前よりずっと安心した表情になるのでした。
ある日、丘で年下の子が迷子になりかけたときも、アサフは以前のように怒鳴りませんでした。ゆっくり近づき、「ここにいるよ。大丈夫」と声をかけました。するとその子は泣きやみ、落ち着いてこちらへ歩いてきました。マヤはその様子を見て、にっこりしました。
マヤは帰り道に言いました。
「やさしい声って、小さい声ってことじゃないのね。相手が安心できる声ってことなんだね」
アサフも大きくうなずきました。自分の声は変わっていないのに、届き方だけが変わった気がしたのです。
それからというもの、アサフのまわりでは不思議とあわてる声が減っていきました。弟も、転んだときに泣きながら怒られるのを待つのではなく、「兄ちゃん」と呼べるようになりました。羊たちも、アサフの笛のあとに聞こえるやわらかい声を覚え、前より早く群れに戻るようになりました。
年長の羊飼いは、その様子を見て笑いました。
「声が変わると、群れの空気まで変わるものだな」
アサフは空を見上げました。大きな声で遠くまで響かせることより、安心できる声で相手の中まで届くことのほうが、ずっとむずかしくて、ずっと大事なのだと分かってきたのです。
その数日後、丘の下の囲いで一頭の羊が脚を気にして立ち止まりました。周りの羊たちは落ち着かず、押し合いになりそうです。アサフは笛を鳴らす前に、群れの外側をゆっくり歩きながら声をかけました。
「だいじょうぶ、急がなくていい」
すると群れは少しずつ静まり、けがをした羊もこわがらずに動くことができました。年長の羊飼いは、「強く追わないほうが、みんながよく動く日もあるんだ」と感心したように言いました。
家でも、弟が水差しを落としてしまったとき、アサフは最初に深呼吸をしました。それから「けがしてない?」と聞き、一緒に水を拭きました。弟は安心した顔でうなずき、次からは自分で気をつけようとしました。怒鳴られなかったぶん、ちゃんと聞けたのです。
マヤはその様子を見て笑いました。
「やさしい声って、相手を甘やかす声じゃなくて、ちゃんと届く声なんだね」
アサフも笑ってうなずきました。心が閉じない声なら、人も羊も、自分から一歩を出せると分かったからでした。
夕暮れの丘で群れが落ち着いて草を食むのを見ながら、アサフは自分の声を前より好きになっていました。強く響くことだけがよい声ではない、と分かったからです。安心して耳を開ける声は、遠くまで飛ぶだけでなく、相手の心の中に長く残るのでした。
その夜、家の戸を閉める前にアサフが弟へ「おやすみ」と声をかけると、弟もにこっとして「おやすみ」と返しました。やさしい声は、丘の上だけでなく、家の中の空気までやわらかくしていたのです。
1) マヤの声は、どうして羊や子羊に届いたのかな?
2) 強い声とやさしい声は、何がちがうと思う?
3) あなたが誰かに声をかけるとき、どんな言い方をすると安心してもらえそう?
この物語は、ことばの伝え方と思いやりの大切さを伝えるユダヤの教えをもとに、子ども向けに再話したものです。
もとになった話
やさしい語りかけの力を教える、ユダヤの知恵の教えより



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