人を助けたい気持ちは、とても大切。
でも、やりすぎて自分が倒れてしまったら、そのやさしさは続かない。
寄付も家計も、“続けられるバランス”がいちばん強い。
※このお話は、タルムードにある「施し(寄付)はやりすぎて自分が困らないように」という考え方(Ketubot 50a で語られる教えとして知られます)を、子ども向けにやさしく物語にしたものです。
町の外れに、小さな文房具屋さんがありました。
店の名前は「ことばの箱」。
鉛筆、ノート、色紙、シール――子どもが好きそうなものが、棚にきれいに並んでいます。
店主は、ゆうかさん。
いつも笑顔で、困っている人を見ると放っておけない、やさしい人でした。
ある雨の日。
店の前に、濡れた上着を握りしめた男の人が立っていました。
顔色が悪く、手は冷たそう。
ゆうかさんはすぐに気づいて、店の中に招き入れました。
「どうぞ、ここで雨やどりして」
「温かいお茶、飲みますか?」
男の人は申し訳なさそうに笑いました。
「ありがとう…でも、僕はお金がなくて…」
ゆうかさんは首を振りました。
「いいの。今は体をあたためて」
その様子を、レジの横で手伝っていた娘のユイが見ていました。
ユイは小声で聞きます。
「お母さん、知らない人に、そんなに親切にして大丈夫?」
ゆうかさんは、ユイの頭をなでました。
「大丈夫。人はね、困っているときに助けてもらうと、また誰かを助けられるようになるの」
ユイは少しうれしくなりました。
(やさしさって、うつるんだ)
その夜。
店を閉めて、家で帳面(ちょうめん)を広げたとき、ゆうかさんの顔から笑顔が消えました。
「……あれ?」
ユイがのぞきこむと、帳面の数字が赤い線で囲まれています。
今月の利益は少なめ。
雨の日が多くて、客足も減っていました。
ゆうかさんは小さくため息をつきました。
「最近、無料で配ったノートや鉛筆が多かったから…」
「足りない子がいると、つい…ね」
ユイは言いました。
「でも、それって良いことだよね?」
「困ってる子、助かるよ」
ゆうかさんはうなずきました。
「良いことだよ。もちろん」
「でも…このままだと、お店が続けられなくなるかもしれない」
ユイはドキッとしました。
(お店がなくなる?)
ゆうかさんは、帳面を指でトントンと叩きました。
「お店がなくなったら、ノートも鉛筆も、誰にも渡せなくなる」
「助けたいのに、助けられない」
ユイは、胸がぎゅっとなりました。
(やさしさが、逆に…)
翌日。
ゆうかさんは、町で“人の相談にのる先生”として知られている、おじいさんのところへ行きました。
先生は、静かな庭のある家に住んでいます。
縁側に座ると、風がすっと通りました。
ゆうかさんは正直に話しました。
「困っている人を見ると、助けたくて…」
「でも、助けすぎて、お店が苦しくなってきました」
「私、間違ってるんでしょうか」
先生は、首を振りました。
「間違っていない。やさしさは美しい」
「でも、“続かないやさしさ”は、花火みたいなものだ」
「花火?」
「パッと明るくなる。でも、すぐ消える」
「消えたあと、暗くなることもある」
「大切なのは、ろうそくの光だ。小さくても、長く灯る」
ゆうかさんは黙って聞きました。
先生は、庭の石を2つ拾って手にのせました。
「人を助ける手」と「自分を守る手」。
「この2つが両方あると、歩ける」
先生は、片手だけを高く上げました。
「もし、助ける手だけで進もうとすると…」
先生はよろけるふりをしました。
「転ぶ」
次に、もう片方の手だけを上げます。
「守る手だけだと…」
先生は肩をすくめました。
「冷たい人になる」
そして両手を、同じ高さで広げました。
「だから、同じくらいがいい」
「助ける。でも、無理はしない」
「続けられる形で助ける」
ゆうかさんは、目を潤ませました。
「…続けられる形」
先生は、にこっと笑いました。
「たとえば、寄付をするときは“上限”を決める」
「家計も同じだ。上限があるから、安心して続けられる」
家に帰って、ゆうかさんはユイに言いました。
「ルールを作ろう」
「ルール?」
ゆうかさんは、紙に大きく3つ書きました。
- 無料で渡すのは“月に◯個まで”
- 本当に困っているときは、相談して一緒に考える
- 助ける代わりに“できること”を少しだけ手伝ってもらう(お礼の代わり)
ユイは、目を丸くしました。
「最後の、手伝ってもらうって…それって助けてないの?」
ゆうかさんは首を振りました。
「助けてるよ」
「“受け取るだけ”だと、相手がつらくなることもある」
「ちょっと手伝ってもらうと、『自分も役に立てた』って思える」
ユイは、しばらく考えて、うなずきました。
「たしかに…“ありがとう”って言いやすいかも」
数日後。
いつも店をのぞく、小さな男の子が来ました。
制服の袖がほつれていて、目が泳いでいます。
「……ノート、ほしい」
声は小さくて、でも必死です。
ゆうかさんは、棚の前にしゃがんで、やさしく聞きました。
「どうしたの?」
男の子は、ぽつぽつと話しました。
家の事情で、文房具を買えないこと。
でも宿題は出ること。
ゆうかさんは、ルールの紙を思い出しました。
そして、ノートを一冊渡しながら言いました。
「ノートは渡すね」
「その代わり、これだけお願いしていい?」
ゆうかさんは、机の下に落ちた鉛筆を指しました。
「閉店前に、床の鉛筆を一緒に拾ってくれる?」
男の子は驚いて、でもすぐうなずきました。
「うん!」
閉店前。
男の子は一生懸命、床を見て鉛筆を拾い、棚を整えました。
最後に、少し照れながら言いました。
「…ありがとう」
ゆうかさんは笑いました。
「こちらこそ。助かったよ」
ユイはその様子を見て、胸がぽかぽかしました。
(これなら…続く)
(お母さんも、お店も、助けることも)
その夜。
ゆうかさんは帳面を開きました。
今月の数字は、少しずつ落ち着いてきています。
大きく儲かったわけじゃない。
でも、赤い線が少なくなりました。
ユイは言いました。
「お母さん、今日は困ってる人、助けられたね」
「でも、お店も守れた」
ゆうかさんは、ゆっくりうなずきました。
「うん。やさしさはね、続けてこそ本物になる」
「続けるために、バランスを取る」
「それが、いちばん強いやさしさなんだ」
窓の外では、雨が止んでいました。
街灯の光が、ぬれた道に小さく映って、長く続く一本の線になっていました。
1) ゆうかさんが「助けすぎる」と、どうして困ったことが起きるのかな?
2) “続けられるやさしさ”にするために、どんなルールがあるといい?
3) あなたなら「助ける手」と「守る手」を、どんなふうにバランスさせたい?



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