学びは、ひとりより「いっしょ」のほうが深くなる。
でも、ことばは人を支えることも、傷つけることもある。だから大事に使おう。
※このお話は、タルムードに出てくる逸話を、子どもに読み聞かせやすい形にやさしく語り直したものです。
むかしむかし、遠い町に「ヨハナン先生」と呼ばれる学びの先生がいました。
先生は本が大好きで、だれにでもやさしく、わからないことがある人には、何度でもていねいに説明してくれる人でした。
ある日、ヨハナン先生は川のほとりを歩いていると、水しぶきをあげて川を渡る、ものすごく力の強い男の人を見かけました。
その人は体つきがたくましく、泳ぎも上手で、岩の上をぴょん、と軽々飛びました。
「すごい力だね」
ヨハナン先生が声をかけると、男の人は少しだけ顔を上げました。
町ではその人を「レシュさん」と呼んでいました。乱暴な人たちと付き合っている、こわい人だという噂もありました。
レシュさんはぶっきらぼうに言いました。
「先生は本ばかり見てるのか。そんな細い腕で何ができる?」
ヨハナン先生は怒りませんでした。にっこり笑って、こう言いました。
「きみの力はすごい。もし、その力を“学び”のために使ったら、もっとすごい人になれるよ。
体の強さだけじゃなく、心の強さも持てる。」
レシュさんは鼻で笑いました。
「学び? そんなの腹の足しになるのか?」
ヨハナン先生は、少しだけ声をやわらかくして言いました。
「学びは、心の灯りになる。暗い道でも迷いにくくなる。
それに…きみなら、きっとできると思うんだ。」
その言い方が、なぜかレシュさんの胸にひっかかりました。
今までだれも、自分のことを「きっとできる」と言ってくれたことがなかったのです。
レシュさんはしばらく黙っていましたが、やがて小さく言いました。
「…やってみたら、何が変わる?」
「変わるよ。まずは、ここに来て。いっしょに学ぼう」
ヨハナン先生は、まっすぐな目で言いました。
その日から、レシュさんは先生のそばで、少しずつ文字を覚えました。
最初は、字がにじんで見えたり、意味がわからなくてイライラしたり。
でもヨハナン先生は、急がせませんでした。
「わからないって言えるのは、えらいことだよ」
「きみの質問は、とてもいい。そこが大事なんだ」
そう言われるたびに、レシュさんは少しずつ顔つきが変わっていきました。
力で勝つより、考えて勝つほうが気持ちいい。
怒鳴るより、話してわかり合うほうが楽だ。
レシュさんは、はじめてそんな感覚を知りました。
やがてレシュさんは、学びの場所でいちばんよく質問をする人になりました。
そして、いちばん真剣に相手の意見を聞く人にもなりました。
二人は、いつのまにか「学びの相棒」になりました。
ヨハナン先生が問いを出す。レシュさんが答える。
レシュさんが問い返す。先生が考える。
ふたりの会話は、まるでボールを投げ合うみたいに、ぽん、ぽん、と続きました。
ところがある日、いつものように学びの場所で話し合っていると、少し難しいテーマになりました。
「道具の使い方」や「守るべきルール」の話です。
レシュさんは、自分の経験から、勢いよく意見を言いました。
「それはこうだ。こうすれば一番早い」
ヨハナン先生は首をかしげました。
「早いだけじゃだめなんだ。守るべきこともある」
ふたりは熱くなり、言葉が強くなっていきました。
そのとき、ヨハナン先生が、つい口をすべらせてしまいました。
「…きみは、そういうことに詳しいからね」
言ったあと、先生ははっとしました。
その言い方は、レシュさんの昔を思い出させる言い方だったからです。
レシュさんの顔が、すっと冷たくなりました。
「先生は、ぼくを“昔のぼく”で見てるのか」
ヨハナン先生はあわてて言いました。
「ちがう、そういう意味じゃ…」
でも、レシュさんの胸は、ずきん、と痛みました。
せっかく変わったと思っていたのに、
せっかく相棒になれたと思っていたのに、
たったひとことが、心の中の小さな傷をひろげてしまったのです。
レシュさんは黙って席を立ち、その日は帰ってしまいました。
その夜、ヨハナン先生は眠れませんでした。
「なんて言い方をしてしまったんだろう」
先生は、何度も何度も心の中でくり返しました。
次の日、先生はレシュさんの家の前まで行きました。
でも、扉をたたく手が止まりました。
「もし、また傷つけたらどうしよう」
そんな不安がよぎったのです。
それでも先生は、深呼吸して、短い手紙を書きました。
「きのうの言い方は、よくなかった。
きみを大切に思っている。
ぼくの相棒は、きみだけだ。
もう一度、いっしょに学びたい。」
手紙を届けたあと、先生は祈るような気持ちで待ちました。
レシュさんはすぐには返事をしませんでした。
でも数日後、学びの場所に、静かに現れました。
ふたりは目を合わせました。
長い言葉はありませんでした。
ただ、ヨハナン先生が、いつものようにノートを開いて言いました。
「…今日も、質問していい?」
レシュさんは小さくうなずきました。
「うん。…でも、ぼくも言う。先生も、ちゃんと聞いて」
その瞬間、ふたりの間に、あたたかい空気が戻りました。
相棒って、完ぺきじゃなくてもいい。
すれちがっても、話して戻れる。
学びも、人間関係も、きっとそういうものなのです。
ヨハナン先生は、どうして「ごめんね」を伝えに行けたのでしょう?
もし、だいじな人にきつい言い方をしてしまったら、どんなふうにやり直せると思いますか?



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