家族の思い出は、心の中にずっと生きています。
わすれてしまいそうなことも、大切な人がちゃんと教えてくれるんだよ。
むかしむかし、ゆるやかな丘の上に、一人のおばあちゃんがすんでいました。
名前はサラおばあちゃん。しわの深いやさしい顔をしていて、いつも笑うとほっぺたにえくぼができました。
サラおばあちゃんには、ユウトという10さいのまごがいて、週に一度、町からバスに乗って会いにきてくれました。
おばあちゃんはいつも、同じ大きな茶色いかばんを持っていて、その中には絵本やあめ玉、昔の写真、ボタンの取れたぬいぐるみまで入っていました。ユウトはそのかばんの中を見るのが大好きで、「おばあちゃんの宝ばこ」って呼んでいました。
ある土曜日、ユウトはひとりでバスに乗って丘をのぼってきました。
けれど、その日はどこかいつもとちがいました。おばあちゃんは、いつも笑っていたのに、その日は少しつかれた顔をしていました。
「ユウト、ちょっとお願いがあるの」
サラおばあちゃんは、かばんの中から、古い小さなノートを取り出しました。
「これは、あなたが小さいころから、わたしが書いてきた思い出のノートよ。あなたのこと、たくさん書いてあるの。」
ユウトは目を丸くしました。ノートには、ユウトがはじめて歩いた日、はじめて笑ったときのこと、おばあちゃんと一緒にどんぐりをひろったこと……たくさんのことが、ていねいに書かれていました。
「でもね、ユウト。わたし、もうすぐ忘れてしまうかもしれないの。いろんなことを。」
ユウトは、何も言えませんでした。
その晩、おばあちゃんはベッドに入る前に、ユウトに言いました。
「ユウト、もしもわたしが大事なことを忘れてしまったら、このノートを見せてね。思い出を、ふたりで思い出せたら、きっと大丈夫だから。」
ユウトはこくんとうなずきました。
そして、そっとおばあちゃんの手をにぎって言いました。
「わすれてもいいよ。ぼくがぜんぶ覚えてるから。」
おばあちゃんはゆっくり目を閉じて、いつものようにやさしくほほえみました。
何年かたって、サラおばあちゃんはほんとうに、少しずついろんなことを忘れるようになりました。
でも、ユウトはそのたびに、ノートを読み聞かせてあげました。
「おばあちゃん、この日、ぼくがくれよんで家の壁におえかきした日だよね?」
「このページは、ぼくが『ありがとう』ってはじめて言えた日のことだよ!」
おばあちゃんは、いつもその話を聞くと、ふんわり笑って「そうだったかしら」と言いました。
でも、ふたりが一緒に笑っているその時間は、ちゃんと、心の中にのこっていきました。
ユウトは、おばあちゃんが思い出せなくなっても、どうして「いいよ」って言えたのかな?
たいせつな人と過ごしたこと、どんなふうに心の中にのこしておけると思う?



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