むかしむかし、ある小さな村に、ヨハナンという名前のおじいさんが住んでいました。おじいさんはとても真面目で、一頭の大きな牛と一緒に、毎日一生懸命に畑を耕して暮らしていました。
この牛は、村で一番の働き者でした。おじいさんが「さあ、今日も頑張ろう」と声をかけると、牛は力強く地面を蹴り、どんなに硬い土でもスルスルと掘り起こしてくれました。
おじいさんと牛には、一つだけ特別な「約束」がありました。
おじいさんは、一週間のうち六日間は一生懸命に働きましたが、七日目の土曜日になると、決して畑には出ませんでした。その日は、心と体をゆっくりと休め、神様に感謝する「安息日(あんそくにち)」だったからです。
「いいかい、牛さん。今日はお休みだよ。美味しい草を食べて、のんびり過ごしておくれ」
おじいさんは安息日になると、牛の首から重いクワを外し、一番柔らかい草が生えている場所へ連れて行きました。牛もそれをよく分かっていて、六日間は力いっぱい働き、七日目になると静かにお休みを楽しんでいました。おじいさんと牛は、言葉はなくても、その「リズム」を心から大切にしていたのです。
ところが、ある時、おじいさんは年をとって体が弱くなり、畑仕事を続けるのが難しくなってしまいました。悲しいことですが、おじいさんは大切な牛を、隣の街に住む裕福な商人の男に売ることにしました。
「今までありがとう。新しい主人のところでも、元気で働くんだよ」
おじいさんは涙を浮かべて、牛の頭を撫でました。牛も寂しそうにモーと鳴き、商人の男に連れられていきました。
新しい主人の商人は、とても厳しい人でした。彼は「時間は金だ。休んでいる暇なんてない」と考えていました。
月曜日から土曜日まで、牛は新しい主人のもとで、以前と同じように力強く働きました。商人は「ほう、これはいい牛を買ったぞ。なんて力持ちなんだ!」と大喜びしました。
ところが、七日目の土曜日がやってきた時のことです。
商人がいつものように牛を畑へ連れ出し、クワをつけようとしました。しかし、牛は一歩も動こうとしません。
「どうした、早く歩け!」
商人が綱を引っ張っても、牛は地面に四本の足を突き立てて、まるで大きな岩のように動きません。商人が棒で叩こうとしても、牛は静かに目を閉じて、その場に座り込んでしまいました。
商人はカンカンに怒りました。
「なんてことだ! 働かない牛なんて、ただの役立たずじゃないか! あのじいさん、私を騙して病気の牛を売ったんだな!」
商人はおじいさんの家まで飛んで帰り、怒鳴り散らしました。
「おい、ヨハナン! お前が売った牛は、今日は一歩も動かないぞ! 役立たずの牛だ、金を返せ!」
おじいさんは驚きましたが、カレンダーを見て、すぐにすべてを理解しました。おじいさんは優しく微笑んで言いました。
「ご主人、落ち着いてください。その牛は病気ではありません。ただ、私との『約束』を覚えているだけなのです。私に少しだけ時間をください。私が牛に話をしてみましょう」
商人は「牛に話をするだって? 鼻で笑わせてくれるわ」と言いながらも、おじいさんを牛のところへ連れて行きました。
畑に行くと、牛は座り込んだまま動かずにいました。おじいさんは牛に近づき、その大きな耳に顔を寄せると、誰にも聞こえないような小さな声で、こうささやきました。
「……私の大切な牛さん。今まで私と一緒に安息日を守ってくれて、本当にありがとう。お前は本当に立派な牛だ。でもね、今はもう、お前の主人は私ではないんだ。新しい主人は、安息日の休みを知らない人なんだ。だから、今は彼に従って、今日もお仕事をしておくれ。お前のその『正しい心』は、私がちゃんと分かっているからね」
おじいさんがささやき終えて、牛の背中をポンと叩くと、不思議なことが起こりました。
あんなに頑固に動かなかった牛が、スッと立ち上がったのです。そして、自分から商人の前に歩み寄り、重いクワを背負う準備をしました。
商人は、目を見開いて腰を抜かさんばかりに驚きました。
「……ヨハナン、お前は一体何を言ったんだ? 魔法でも使ったのか?」
おじいさんは静かに答えました。
「魔法ではありませんよ。この牛は、自分の中に『正しいリズム』を持っていただけです。休むことの大切さ、そして約束を守る尊さを、私と一緒に学んできたのです。それを今日、この牛は私に教えてくれました」
商人は、その日の作業を途中でやめ、深く考え込みました。
自分は今まで、休むことも、感謝することも忘れ、ただお金のために走り続けてきました。でも、目の前のこの牛は、言葉も話せないのに、自分よりもずっと「大切なこと」を誇り高く守り抜こうとしていたのです。
商人はおじいさんに、震える声で尋ねました。
「……ヨハナン。その『安息日』というものは、人間だけでなく、動物にまでこんなに立派な心を与えるものなのか。牛にさえ恥ずかしい思いをさせるような生き方を、私はしていたのかもしれない」
それからの商人は、変わりました。
彼は牛を無理に働かせるのをやめ、自分自身も、土曜日には仕事を休んで家族や隣人と静かに過ごすようになりました。
牛は、言葉で説教をしたわけではありません。ただ、おじいさんと守り続けてきた「善い習慣」を、新しい場所でも貫き通しただけでした。その牛の後ろ姿が、一人の人間の心を変え、街全体に優しさと安らぎを広げていったのです。
本当の信念(しんねん)とは、誰かに見せるためのものではありません。
自分自身が「これが正しい」と信じる道を、どんな場所でも静かに歩み続けること。その強さが、いつか誰かの心を温かく照らす光になるのですよ。
タルムードの教えの中に、動物が「言葉以上のメッセージ」を伝える非常に有名で心温まるお話があります。
今回は、ユダヤの伝承(ミドラーシュ)の中でも特に「自分の信念を持つこと」と「それが周りに与える影響」を美しく描いた**「安息日を守る牛」**をベースに、子ども向けに物語を膨らませて作成しました。
公開用スラッグ
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第XX話:働かなくなった牛 〜おじいさんと牛の不思議な約束〜
【今日のお話のポイント】
・自分が大切にしている「正しい習慣」は、一生の宝物になる
・言葉が通じなくても、心と心で通じ合えることがある
・あなたの良い行いは、知らないうちに誰かの心を動かす力を持っている
むかしむかし、ある小さな村に、ヨハナンという名前のおじいさんが住んでいました。おじいさんはとても真面目で、一頭の大きな牛と一緒に、毎日一生懸命に畑を耕して暮らしていました。
この牛は、村で一番の働き者でした。おじいさんが「さあ、今日も頑張ろう」と声をかけると、牛は力強く地面を蹴り、どんなに硬い土でもスルスルと掘り起こしてくれました。
おじいさんと牛には、一つだけ特別な「約束」がありました。
おじいさんは、一週間のうち六日間は一生懸命に働きましたが、七日目の土曜日になると、決して畑には出ませんでした。その日は、心と体をゆっくりと休め、神様に感謝する「安息日(あんそくにち)」だったからです。
「いいかい、牛さん。今日はお休みだよ。美味しい草を食べて、のんびり過ごしておくれ」
おじいさんは安息日になると、牛の首から重いクワを外し、一番柔らかい草が生えている場所へ連れて行きました。牛もそれをよく分かっていて、六日間は力いっぱい働き、七日目になると静かにお休みを楽しんでいました。おじいさんと牛は、言葉はなくても、その「リズム」を心から大切にしていたのです。
ところが、ある時、おじいさんは年をとって体が弱くなり、畑仕事を続けるのが難しくなってしまいました。悲しいことですが、おじいさんは大切な牛を、隣の街に住む裕福な商人の男に売ることにしました。
「今までありがとう。新しい主人のところでも、元気で働くんだよ」
おじいさんは涙を浮かべて、牛の頭を撫でました。牛も寂しそうにモーと鳴き、商人の男に連れられていきました。
新しい主人の商人は、とても厳しい人でした。彼は「時間は金だ。休んでいる暇なんてない」と考えていました。
月曜日から土曜日まで、牛は新しい主人のもとで、以前と同じように力強く働きました。商人は「ほう、これはいい牛を買ったぞ。なんて力持ちなんだ!」と大喜びしました。
ところが、七日目の土曜日がやってきた時のことです。
商人がいつものように牛を畑へ連れ出し、クワをつけようとしました。しかし、牛は一歩も動こうとしません。
「どうした、早く歩け!」
商人が綱を引っ張っても、牛は地面に四本の足を突き立てて、まるで大きな岩のように動きません。商人が棒で叩こうとしても、牛は静かに目を閉じて、その場に座り込んでしまいました。
商人はカンカンに怒りました。
「なんてことだ! 働かない牛なんて、ただの役立たずじゃないか! あのじいさん、私を騙して病気の牛を売ったんだな!」
商人はおじいさんの家まで飛んで帰り、怒鳴り散らしました。
「おい、ヨハナン! お前が売った牛は、今日は一歩も動かないぞ! 役立たずの牛だ、金を返せ!」
おじいさんは驚きましたが、カレンダーを見て、すぐにすべてを理解しました。おじいさんは優しく微笑んで言いました。
「ご主人、落ち着いてください。その牛は病気ではありません。ただ、私との『約束』を覚えているだけなのです。私に少しだけ時間をください。私が牛に話をしてみましょう」
商人は「牛に話をするだって? 鼻で笑わせてくれるわ」と言いながらも、おじいさんを牛のところへ連れて行きました。
畑に行くと、牛は座り込んだまま動かずにいました。おじいさんは牛に近づき、その大きな耳に顔を寄せると、誰にも聞こえないような小さな声で、こうささやきました。
「……私の大切な牛さん。今まで私と一緒に安息日を守ってくれて、本当にありがとう。お前は本当に立派な牛だ。でもね、今はもう、お前の主人は私ではないんだ。新しい主人は、安息日の休みを知らない人なんだ。だから、今は彼に従って、今日もお仕事をしておくれ。お前のその『正しい心』は、私がちゃんと分かっているからね」
おじいさんがささやき終えて、牛の背中をポンと叩くと、不思議なことが起こりました。
あんなに頑固に動かなかった牛が、スッと立ち上がったのです。そして、自分から商人の前に歩み寄り、重いクワを背負う準備をしました。
商人は、目を見開いて腰を抜かさんばかりに驚きました。
「……ヨハナン、お前は一体何を言ったんだ? 魔法でも使ったのか?」
おじいさんは静かに答えました。
「魔法ではありませんよ。この牛は、自分の中に『正しいリズム』を持っていただけです。休むことの大切さ、そして約束を守る尊さを、私と一緒に学んできたのです。それを今日、この牛は私に教えてくれました」
商人は、その日の作業を途中でやめ、深く考え込みました。
自分は今まで、休むことも、感謝することも忘れ、ただお金のために走り続けてきました。でも、目の前のこの牛は、言葉も話せないのに、自分よりもずっと「大切なこと」を誇り高く守り抜こうとしていたのです。
商人はおじいさんに、震える声で尋ねました。
「……ヨハナン。その『安息日』というものは、人間だけでなく、動物にまでこんなに立派な心を与えるものなのか。牛にさえ恥ずかしい思いをさせるような生き方を、私はしていたのかもしれない」
それからの商人は、変わりました。
彼は牛を無理に働かせるのをやめ、自分自身も、土曜日には仕事を休んで家族や隣人と静かに過ごすようになりました。
牛は、言葉で説教をしたわけではありません。ただ、おじいさんと守り続けてきた「善い習慣」を、新しい場所でも貫き通しただけでした。その牛の後ろ姿が、一人の人間の心を変え、街全体に優しさと安らぎを広げていったのです。
本当の信念(しんねん)とは、誰かに見せるためのものではありません。
自分自身が「これが正しい」と信じる道を、どんな場所でも静かに歩み続けること。その強さが、いつか誰かの心を温かく照らす光になるのですよ。
子どもへの問いかけ(いっしょに考えてみよう)
1) 牛が土曜日に動かなくなったのは、どうしてだったかな?
2) おじいさんが牛の耳元でささやいた言葉を聞いて、あなたならどう思う?
3) あなたが「これだけは大事にしたい!」と思っている、毎日や毎週の「良い習慣」はありますか?
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