「手に職」は、いちばん強いお守り 〜小さな弟子の春〜

いちばんの資産は「信用」 〜正直な商いのパン屋さん〜 知恵と機転
【今日のお話のポイント】
お金がなくなっても、働ける力があれば、また作り直せる。
「手に職(しごとの技)」は、だれにも取られない“生きる力”なんだ。

※このお話は、タルムードにある「子どもに仕事(技)を教える大切さ」(Kiddushin 29a で語られる教えとして知られます)を、子ども向けにやさしく物語にしたものです。

町の外れに、木の香りがする小さな工房がありました。
看板には、文字の代わりに――木の小さなイスの絵。
そこは、イスや棚を作る職人(しょくにん)さんの工房でした。

工房の主人は、シンさん。
背中はまっすぐ、手は大きく、話す声は落ち着いています。
シンさんの作るイスは、見た目が派手じゃないのに、座ると不思議なくらい安心する。
だから町の人は、何年も使えるイスがほしい時、シンさんの工房へ来るのです。

ある春の日。
工房の戸が、コンコンと鳴りました。

「すみません……」

入ってきたのは、少年のユウタと、その父さん。
父さんは帽子を取って、少し困った顔をしました。

「シンさん、お願いがあるんです」
「この子に……仕事の技を教えてもらえませんか」

ユウタは、父さんの後ろで小さくなっています。
目はまっすぐだけど、指先が少し震えていました。

シンさんは、ユウタをじっと見ました。
「どうして、うちに?」

父さんは、しばらく黙ってから言いました。
「この子、勉強もがんばってる。でも……最近、ずっと不安そうなんです」
「『うちのお金がなくなったらどうなるの?』って」
「私は答えられなくて……」

ユウタは、ぽつりと言いました。
「こわいんだ。お金って、減ることもあるんでしょ」
「でも、ぼくは何ができるのか分からない」

その言葉を聞いて、シンさんは、ゆっくりうなずきました。
「わかった。まずは、1週間だけ来てみなさい」
「そのあと、続けるか決めよう」

ユウタの目が少し明るくなりました。
「……はい!」


次の日から、ユウタの“弟子(でし)”生活が始まりました。

最初の仕事は、いきなりイスを作ることではありません。
工房の床をはき、木くずを集め、道具を並べる。
ユウタは不思議に思いました。

(これって、仕事なの?)

するとシンさんが言いました。
「道具を大切にできない人は、仕事も大切にできない」
「仕事は、まず“整えること”から始まる」

ユウタは、ほうきを持つ手に力を入れました。
床がきれいになると、工房の空気が少し明るくなる気がします。

その日の午後。
シンさんは、木の板を1枚渡しました。

「今日は、これを“まっすぐ”に切ってみよう」

ユウタはノコギリを握りました。
でも、木は思ったより硬くて、ノコギリはガタガタ揺れます。

ギコッ、ギコッ……
切れた板を見ると、線が波みたいに曲がっていました。

ユウタは、顔が熱くなりました。
「ごめんなさい……」

シンさんは怒りません。
代わりに、板の端を指でなぞって言いました。
「いい。失敗は“情報”だ」
「どこで力が入りすぎた?」
「どこで目が線から外れた?」

ユウタは考えました。
「途中で疲れて、急いだ」
「早く終わらせたかった」

シンさんは、うなずきました。
「仕事は、“速さ”より“正確さ”が先」
「速さは、あとからついてくる」

次の日、ユウタは少しだけ上手に切れました。
その次の日、もっと上手に。
1週間後には、まっすぐな板が増えていました。

ユウタは気づきます。
(技って、才能じゃなくて、積み重ねなんだ)


ある日、工房に年配の女性が来ました。
手には、ぐらぐらする古いイス。

「シンさん、このイス、直せますか?」
「孫が座ると危ないの」

シンさんはイスを見て、ユウタに言いました。
「直すよ。ユウタ、見て学びなさい」

シンさんは、イスの脚を軽く揺らし、耳を近づけました。
ミシ…と小さな音。
次に、接合部分(つなぎ目)を指で押して、少しだけ力を加えます。

「原因はここだ」
「木が乾いて縮んで、ゆるんでる」

ユウタは驚きました。
(見ただけで分かるの?)

シンさんは説明します。
「職人は、木の声を聞く」
「木は言葉をしゃべらないけど、音と動きで教えてくれる」

シンさんは、木のくさびを作り、接合に入れ、丁寧に固定しました。
最後に、やすりでなめらかに整えます。

女性が座ってみると、イスはびくともしません。
「まあ!新品みたい!」
女性の顔がぱっと明るくなりました。

その瞬間、ユウタの胸がふわっと温かくなりました。
(お金じゃない。だけど、誰かを助けた感じがする)

女性は小さな袋を置きました。
「ありがとう。これ、修理代ね」
袋の中には、きれいに畳まれたお金。

ユウタは、ハッとしました。
(これが……稼ぐってことか)

“だれかの困りごと”を見つけて、
“自分の技”で直して、
“ありがとう”と一緒にお金がもらえる。

お金は、空から降るものじゃない。
人の役に立つことから生まれる。


その夜。
ユウタは家で父さんに言いました。

「父さん、分かったよ」
「お金がなくなるのが怖かったのは、ぼくが“自分で作れるもの”を知らなかったからだ」
「でも、技が増えたら、怖さが減る」

父さんは目を潤ませました。
「ユウタ……」

ユウタは続けました。
「技ってね、だれにも取られない」
「今日うまくいかなかったら、明日また練習すればいい」
「もし転んでも、立ち上がれる」

次の日、ユウタは工房へ行って、シンさんに頭を下げました。
「続けたいです。弟子にしてください」

シンさんは、少しだけ笑って言いました。
「いいだろう。ただし条件がある」

「条件?」

「“学ぶ”ってことは、毎日少しずつ自分を直すことだ」
「自分の弱さを見ない人には、技はつかない」
「その覚悟があるなら、ここに来なさい」

ユウタは、まっすぐうなずきました。
「はい!」

春の光が、工房の床に細い線を作ります。
ユウタは、その線の上を踏まないように、そっと歩きました。
なんだか、それが“丁寧に生きる”ってことの最初の一歩みたいに思えたのです。

💭 いっしょに考えてみよう
1) ユウタは、どうして「お金がなくなるのが怖い」と思っていたのかな?
2) 「手に職(技)」があると、どんなときに助かると思う?
3) あなたが今から育ててみたい“技”は何?(料理・絵・工作・プログラミング・スポーツでもOK)

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