話し合いで大切なのは「勝つこと」じゃなくて、「みんなが前に進める決め方」を守ること。
どんなに自信があっても、相手を尊重しながら対話しよう。
※このお話は、タルムードに出てくる逸話(アクナイの炉)を、子どもに読み聞かせやすい形にやさしく語り直したものです。
むかしむかし、学びの町に「学びの家」と呼ばれる大きな集まりの場所がありました。
そこでは、先生たちが毎日のように集まって、難しい問題を話し合っていました。
だれかをけなしたり、怒鳴ったりするためじゃありません。
「どうするのがみんなにとって一番よいか」を、言葉で確かめるためです。
ある日、町の人がひとつの質問を持ってきました。
「先生たち、教えてください。こわれた炉(かまど)を直して使うとき、これは“ちゃんとした炉”として扱っていいのでしょうか?」
その炉は、いくつもの輪っかみたいに切れていて、つなぎ目を土で固めてあります。
町の人はそれを「アクナイの炉」と呼んでいました。
(“アクナイ”は、まるでヘビがぐるぐる巻きつくみたいに輪が重なる形だからです。)
先生たちはうなずき、テーブルを囲んで話し合いを始めました。
その場にいた中で、とくに熱心だったのが、エリエゼル先生です。
エリエゼル先生は頭がよく、昔からたくさん学んできた人で、自分の考えに強い自信がありました。
先生は言いました。
「この炉は、ちゃんとした炉として扱ってよい。理由はこうだ……」
言い方も説明も、とても筋が通っていました。
でも、ほかの先生たちは首をかしげました。
「いや、そうは言えない」
「つなぎ目が多すぎる。別のものとして扱うべきだ」
意見は分かれました。
ふだんなら、ここで「じゃあ、根拠をもう少し出そう」「別の例を見よう」と話が進みます。
ところが、エリエゼル先生は今日、どうしても引き下がれませんでした。
先生は机を叩きそうな勢いで言いました。
「わたしの言うことが正しい! もし正しいなら、証拠を見せよう!」
そして、先生は窓の外の一本の木を指さしました。
「もしわたしが正しいなら、あの木よ、動け!」
すると――なんと、本当に木がずるずるっと動いたのです。
先生たちはざわめきました。
「えっ、今の見た?」
「木が動いた…!」
エリエゼル先生は胸を張りました。
「ほら、これで分かっただろう!」
でも、ほかの先生が落ち着いて言いました。
「木が動いたことは驚いた。でも、木の動きでルールは決めないよ」
エリエゼル先生は、次に川を指さしました。
「では、もしわたしが正しいなら、川の流れよ、逆に流れろ!」
すると川が、ほんとうに逆向きに流れたのです。
さらに、学びの家の壁がミシ…と音を立てて傾いたとも言われます。
けれども先生たちは、目を丸くしながらも、こう言いました。
「すごいことが起きた。でも、決め方はそれじゃない」
エリエゼル先生は顔を赤くしました。
「これでもまだ信じないのか!」
そのとき、天から声が聞こえた――と伝えられています。
「エリエゼルの言うことが正しいのに、なぜ受け入れないのか」
場の空気が止まりました。
誰もが息をのんだ、その瞬間です。
すると、先生たちの中心にいたヨシュア先生が、ゆっくり立ち上がりました。
ヨシュア先生は、声を荒らげませんでした。
ただ、まっすぐ前を向いて言いました。
「学びの場の決めごとは、天の声で決めない。
私たちは、ここで“話し合い”で決めると約束している」
ヨシュア先生は続けました。
「奇跡が起きても、天の声がしても、
それは“すごい”けれど、決め方のルールとは別だ。
だから、私たちは議論して、多数の意見で決める」
先生たちは、静かにうなずきました。
そして話し合いの結果、その炉は「ちゃんとした炉としては扱わない」という結論になりました。
エリエゼル先生は、くやしくてたまりませんでした。
「こんなに説明したのに」
「こんな証拠まで出したのに」
先生はひとり、しばらく口をききませんでした。
でも、その夜。
ヨシュア先生は、心の中で考えました。
「エリエゼル先生は間違っていたのか?」
いいえ、そう単純ではありません。
先生の考えには筋が通っていたし、学びへの真剣さも本物でした。
ただ――
みんなが一緒に生きるには、「決め方のルール」を守らないと、ばらばらになってしまう。
それこそが、学びの家が守りたかったものだったのです。
翌日、ヨシュア先生はエリエゼル先生のもとへ行きました。
そして、短く言いました。
「先生の学びは深い。私はそれを尊敬している。
でも、みんなで決める場所では、みんなのルールを守ろう」
エリエゼル先生は、しばらく黙っていました。
そして、ぽつりと言いました。
「…分かった。だが、くやしい」
ヨシュア先生はうなずきました。
「くやしい気持ちは、学びの一部だ。
でも、相手を壊すために使うんじゃなく、次の学びに使おう」
エリエゼル先生は、深く息を吐きました。
その息は、少しだけ軽くなったように見えました。
この出来事は、学びの家の先生たちに、長く語りつがれました。
「どれだけ自信があっても、
“みんなで決める”場所では、決め方を守る」
「対話は、勝ち負けじゃなく、みんなが進むためにある」
そして何より――
話し合いは、相手を倒すためじゃなく、相手を尊重するためにある。
そんな大切なことを教えてくれる話になったのです。
もしあなたがエリエゼル先生だったら、みんなに分かってほしい気持ちをどう伝える?
また、みんなで決めるときに「守ったほうがいいルール」って何だと思う?



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