お金は増えたり減ったりするけれど、信用は一度こわれると取り戻すのが大変。
商売でいちばん大切な資産は、実は「信用」なんだ。
※このお話は、タルムードで「まず問われるのは“商売に誠実だったか”」という教え(Shabbat 31a で知られる話題)を、子ども向けにやさしく物語にしたものです。
町のはずれに、古い石造りの小さな市場(いちば)がありました。
朝になると、野菜、果物、布、スパイス…いろいろなお店が並び、にぎやかな声が響きます。
その市場に、いつも行列ができる屋台がありました。
屋台の名前は「まごころパン」。
焼きたてのパンがふわっと香り、店主のサトルさんが、にこにことパンを並べています。
サトルさんの屋台の前には、いつも誰かが立っていました。
「サトルさんのパンは、ふくらみが違う」
「何より、安心して買える」
それは味だけじゃありません。
サトルさんの屋台には、古くて立派な“はかり”がありました。
そしてサトルさんは、パンをのせるたびに、必ず目盛りを見て、ぴったりにそろえるのです。
ある日、サトルさんの息子のユウタが手伝いに来ました。
ユウタは、屋台の隅で小さな袋にパンを詰めながら、ぼそっと言いました。
「父さん…このパン、ちょっとだけ軽いのもあるよね?」
「ほんの少しだし…このまま売っちゃだめ?」
サトルさんは、手を止めました。
そして、ユウタの目を見て、静かに言いました。
「ユウタ。商売ってな、パンを売るだけじゃない」
「“安心”もいっしょに売るんだよ」
ユウタは首をかしげました。
「安心?」
サトルさんは、はかりをトントンと叩きました。
「このはかりはね、数字を量ってるんじゃない」
「お客さんの“心”を量ってる」
ユウタは、ますます分からなくなりました。
「心を量るって、どういうこと?」
サトルさんは、屋台の向こうに目を向けました。
そこには、いつも来てくれるおばあさんが、ゆっくり歩いてきています。
「見てごらん。あのおばあさんは、若いころからずっとここで買い物してる」
「目が悪くなっても、耳が遠くなっても、ここに来てくれる」
「理由は簡単。“サトルの屋台なら大丈夫”って思ってるからだ」
ユウタは、おばあさんの手のしわを見ました。
その手は、少し震えていて、財布を開くのにも時間がかかります。
サトルさんは言いました。
「もしここで、ほんの少し軽いパンを混ぜたらどうなる?」
「一回だけならバレないかもしれない」
「でも、もし気づかれたら?」
ユウタは、胸がドキッとしました。
「…もう来なくなる?」
サトルさんはうなずきました。
「来なくなるかもしれないし、誰かに話すかもしれない」
「“あそこは、ちょっと怪しいよ”って」
「たった一回で?」
「そう。信用はガラスみたいなものだ」
「毎日コツコツ磨くと、透明になる」
「でも、落とすと一瞬で割れる」
そのとき、となりの屋台から声が聞こえました。
「ヘイ!サトル!今日も丁寧だねえ!」
声の主は、同じ市場でパンを売っているライバル、ゴンゾさん。
ゴンゾさんは、いつも人だかりを作る派手な売り方をします。
「見てくれ!特別セールだ! 2つ買えばお得!」
「細かいことは気にするな!」
ゴンゾさんは、パンをどんどん袋に入れ、はかりをほとんど使いません。
ユウタは思わずつぶやきました。
「父さん…ゴンゾさん、売れてるよ。ああいうほうが儲かるんじゃない?」
サトルさんは、少し笑いました。
「短い目で見れば、そう見える日もある」
「でも商売は、今日だけじゃない」
その日の夕方、事件が起きました。
市場の入口で、誰かが叫びました。
「パンが足りない! 重さが全然ちがう!」
「お金を返して!」
みんなが集まると、そこには怒った顔のおじさんがいて、ゴンゾさんの袋を振っています。
袋の中のパンは、見た目は立派なのに、手に取ると妙に軽い。
ゴンゾさんはあわてて笑いました。
「いやいや、パンってのは焼き加減で軽く…」
けれど、周りの人はざわざわし始めました。
「前からちょっと軽いと思ってた」
「セールのときほど軽い」
「うちの子が『いつもと違う』って言ってた」
言葉は、風より早く広がります。
その日のうちに、ゴンゾさんの屋台の前から人が消えました。
ユウタは、胸の奥が冷たくなりました。
ほんの少しのズル。ほんの少しのごまかし。
それが、こんなに大きくなる。
サトルさんは、ユウタの肩に手を置きました。
「これが信用の重さだよ」
その夜、ユウタは家で父さんに聞きました。
「でも父さん…正直にやってたら、損する日もあるよね?」
「材料が高くなったら? 売れない日が続いたら?」
サトルさんは、ゆっくりうなずきました。
「ある。正直でも苦しい日がある」
「でもね、信用があると、“助けてもらえる日”が増える」
「助けてもらえる?」
「お客さんが『今日は少し高くても買うよ』って言ってくれるかもしれない」
「『いつもありがとう』って応援してくれるかもしれない」
「信用は、人の心をつなぐ橋になる」
ユウタは、はかりを思い出しました。
父さんは毎日それを使って、パンだけじゃなく、心を量っていた。
次の日の朝。
いつものおばあさんが来ました。
サトルさんは、少しだけ大きめのパンを袋に入れました。
そして小声で言いました。
「今日は、ちょっとおまけです」
おばあさんは驚いて笑いました。
「まあ。サトルさん、いつもありがとうね」
ユウタは、その言葉を聞いて思いました。
(これが…信用なんだ)
お金は数字だけど、
信用は、目に見えないのに、確かに人を動かす。
その日の帰り道、ユウタは自分に言いました。
(ぼくも、信用を貯める人になりたい)
そして屋台に戻ると、ユウタははかりを手に取り、パンをそっとのせました。
目盛りを見て、ほんの少し重いパンを選びます。
「父さん、これ、少しだけおまけにしていい?」
サトルさんは、目を細めました。
「いいね。ユウタの“資産”が増えたな」
1) もし「ほんの少しのズル」をしたら、どんなふうに広がっていくと思う?
2) 逆に、「正直」を続けると、どんな“いいこと”が起きる?
3) あなたが「この人は信用できる」と感じるのは、どんなとき?



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