ことばの向きを変える ― ブルリアさんの助言

ことばの向きを変える ― ブルリアさんの助言 正義と親切
【今日のお話のポイント】
だれかが困らせてきたとき、相手を「やっつけたい」と思うのは自然な気持ち。
でも、ねがいごとの向きを少し変えると、心も世界もやわらかくなるよ。

※このお話は、タルムードに出てくる逸話(ブルリアの助言)を、子どもに読み聞かせやすい形にやさしく語り直したものです。

むかしむかし、学びの町に、メイル先生という、正義感の強い先生がいました。
先生は、人の話をよく聞き、まちがっていることには「それはよくない」と、はっきり言える人でした。

ところが近ごろ、町には少し困った人たちがいました。
道ばたで大声を出したり、人の荷物をわざと蹴とばしたり、からかって笑ったり。
目立つことばかりして、まわりをいやな気持ちにさせるのです。

ある日、メイル先生が帰り道を歩いていると、その人たちが道をふさいで、にやにやしながら言いました。

「先生さま〜、今日もおべんきょう? そんなので腹はふくれるの?」
「先生なら、ここで“正しいこと”でも教えてくれよ!」

先生はむっとしました。胸の奥が熱くなり、こぶしがぎゅっと固くなりました。
「なんて失礼な…」
それでも先生はぐっとこらえて、その場を離れました。

家に帰ると、先生は戸を閉めた瞬間に、どっと疲れが出ました。
「町が乱れる。みんなが迷惑をしている。ああいう人たちは…」

先生は思わず、机に手をついてつぶやきました。
「いなくなってしまえばいいのに」


その言葉を、となりの部屋で聞いていた人がいました。
先生の奥さん、ブルリアさんです。

ブルリアさんは、いつも静かに物事を見つめる人でした。
怒りっぽいわけでも、弱いわけでもありません。
ただ、ことばの力をよく知っている人でした。

ブルリアさんは、お茶をいれて、先生の前にそっと置きました。
そして、まっすぐ先生を見て言いました。

「あなた、今のねがいごと、ほんとうにそれでいいの?」

先生は眉をひそめました。
「だって、あの人たちは人を困らせる。いなくなれば、町はよくなるじゃないか」

ブルリアさんは首をふりました。
「“いなくなれば”じゃなくて、“よくなれば”のほうが、もっといいと思わない?」

先生は言い返しました。
「でも、よくなるなんて…あの人たちは変わらないよ」

ブルリアさんは、机の上に置いてあった巻物(古い本)を指さしました。
「ねえ、ここを見て。『悪い人が消えるように』って書いてある?
『悪いこと(よくない行い)が消えるように』って読めるところもあるのよ」

先生は、言葉につまりました。
「悪い人…じゃなくて、悪い行い?」

ブルリアさんはうなずきました。
「そう。人そのものを消したいって願うと、心が固くなる。
でも、“よくない行いが減るように”って願うと、心に道ができるの」

先生は、まだ納得できない顔でした。
ブルリアさんは、さらにやさしく続けました。

「もし、あなたが『あの人たちが消えますように』って祈ったら、
あなたの心には、どんな気持ちが残るかな?」

先生は小さく答えました。
「…憎い気持ち」

「そう。でも、もし『あの人たちのよくない行いが止まりますように』って祈ったら?」
先生は、少し考えました。

「…町が静かになるかもしれない」
「それだけじゃないよ。あなたの心も、少し軽くなる」


その夜、メイル先生は窓の外の暗い道を見ながら、深く息を吸いました。
そして、ブルリアさんの言ったとおり、ねがいごとの向きを変えてみることにしました。

「どうか、あの人たちの“よくない行い”がなくなりますように。
そして、だれかを傷つけるかわりに、だれかを助ける道を選びますように」

言ってみると、胸の熱がすうっと引いていくのがわかりました。
消したいのは人ではなく、行い。
その違いは小さく見えて、心の中ではとても大きな違いでした。


次の日、先生は町を歩きました。
すると、例の人たちがまた道ばたで騒いでいました。

先生の胸が一瞬だけ熱くなりました。
でも、先生は自分に言い聞かせました。

「人を敵にしない。行いと向き合う」

先生は足を止め、できるだけ落ち着いた声で言いました。
「みんな、ここで騒ぐと、通れない人が困るよ。
向こうの広場なら、人のじゃまにならない。いっしょに行こう」

人たちは「はあ?」という顔をしました。
でも先生は怒鳴りませんでした。
その代わり、少しだけ視線を下げて、こう言いました。

「ここで怒鳴り合っても、だれも得しない。
君たちも、楽しくしたいだけなんだろう? なら、場所を変えよう」

その言い方に、ひとりが少しだけうろたえました。
「…別に、困らせたいわけじゃない」
別のひとりが、ぼそっと言いました。
「広場なら…まあ、いいか」

信じられないことに、人たちは少しずつ移動しはじめました。
完全に変わったわけではありません。
でも、“よくない行い”が、ほんの少しだけ減ったのです。


その日の夜、先生は家に帰り、ブルリアさんに言いました。
「今日、ねがいごとの向きを変えてみた。…少しだけ、うまくいった」

ブルリアさんは、にっこりしました。
「ね。人はすぐには変わらない。
でも、あなたの言葉が変わると、相手の耳も変わることがある」

先生はうなずきました。
「そして、いちばん変わったのは…たぶん、わたしの心だ」

ブルリアさんはお茶を注ぎながら言いました。
「うん。心がやわらかいと、世界も少しやわらかく見えるよ」

メイル先生は、窓の外の道を見ました。
昨日より少しだけ明るく見えました。
それは、町の灯りが増えたからじゃなく、先生の心の中に灯りがともったからかもしれません。

💭 いっしょに考えてみよう
ブルリアさんは、どうして「人」じゃなくて「よくない行い」に目を向けたのかな?
もし誰かにいやなことをされたら、あなたは「ねがいごと」をどう言いかえてみたい?

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